今年の2月から、俳優をはじめたのだけど、明野のライバルは芸能界にはいないんです。


 これって、本来ならタレント全てが自覚することかもしれない。



 世間には、どんなに有名なタレント、芸能人よりも面白い普通の人がいる。その存在は、社会とかかわりを持ってみないとわからない。


 しかし、タレントたちの多くが、タレントを目指すが故に、その人たちの存在を知らないでいる。


 自分の世界の中で、つまらない芸をこね回すのではなく、我々芸能人が「素人芸」と決め付けて直視しない中に、本当の喜怒哀楽があり、それを日々の仕事に結び付けている人こそ、私の目指す本当の仕事人であると思う。


 だとしたら、その人たちに自分たちはプロとして、張り合っているのか、商売として、真面目に向き合っているのか。エキストラ程度の能力しかないものを、言い訳や屁理屈でごまかし、仕事を掴もうとしない言い訳を、「不景気だから」で自分自身を誤魔化してやいないのか。


 脱皮することを怖がって、自我の皮をかぶり続けることが、タレントの姿だとは思わない。


相手にする価値すらない者の言葉が、自分には耳心地がいいからっていって、そのお世辞に酔ってはいないか



 それは、未熟者のすることだと思う



 なりたいタレント像があるなら、妥協せずにそれを作れば良い。


 自分自身に決起することが、タレントの宿命



 そういわれたときに、自分はぬるま湯につかり、仲間意識と名づけた生ぬるい集団に没していないと、誇りを持っていえるのか。


自我を守り続けることで得られる日々の平穏を望むなら、芸能界を目指すべきではない。だって、芸能界は夢見る場所ではなく、商売の場。猟場でしかないから。漁をして、獲物を獲得し、それを売りさばく気合がなければ、人をどうこう言う権利はない。