体調を崩している母に代わって、父を羽田空港まで送ってきました。
祖母の法事に広島に帰る父と、完全にスッピンの私♪
温泉旅行以来、3か月ぶりに逢う父は、ますますヌードな心になっていました!それは、一緒にいると、“感じる”もの。
羽田空港への道のりは、約1時間30分ほどあるのですが、父と交わした言葉はこちらの2、3言。
“お昼ごはんは、直美の好きなものを一緒に食べような”
“お腹すいた。” “そうだね。お腹すいたね~”
・・・。
私は、1人の時も移動中は眠ることはできないのに、父と一緒にいたこの時間、ぐっすりと眠れました。交わす言葉の多さよりも、お互いの空気間にある信頼と安心感の中で、私はゆったりとくつろいでいました。
スッピンであほみたいに眠りこけている私は、かなりヌードだわ~♪
父と一緒にいた数時間で、気ずいたことがありました。
商社マンとして世界中を股にかけて活躍した末に、脳梗塞で2回倒れた父は、肉体的な障害を抱えています。
携帯電話を押す手も、大変そうです。
移動中に、隣に座った男性が大きなパソコンを開いて、仕事を始めました。
すると父は、じーーーーっとそのパソコンを見ている。
その目線は、何の感情の気配もなく、ただ“好きなものを見たい”という目でした。好きだけど、もう自分にはその能力はないという、ありのままの自分を受け入れているヌードな目とオーラ。
あと、飛行機に乗るまでたくさんの手続きをするために、多様な係の人達が話しかけてきます。
“お支払は如何しますか?”
“お迎えの方はいらっしゃいますか?”
“お迎えの方のお名前は?”
などなどと話しかけられる度に、父は“はい!”と大きく返事をして答えようとします。
ですが、係の人達の話しかける目線は、すべて私に向けられているので、父は答えるのをやめてしまいます。
何回もくり返されるこの状況に、私が答えるのをやめて、
“ねぇ、パパ、どうしたらいい?”と父にゆだねることにしました。
すると。
ふだんはモゴモゴ話すのに、しっかりとハリのある声で答えるのです。
今まで父が社会で培ってきたコミュニケーション能力は、すばらしいものです。
しかし車椅子に乗って、障害があるという見た目で判断され続けて、萎びていく父の威厳とコミュニケーション力。
家族と自分を守るために働き続けた後には、外付けの能力を超えた、存在そのものとして生きる、その姿を父の中に垣間見たようでした。
ですがヌードの中にもある、父の威厳。
それは、誇れる自分を思い出した瞬間に、
“誰かに頼られ、守る価値”を自分の中に見出した時に、発揮されるものなのかもしれません。
(直美のことは、一生かけてお父さんが守る)と、私が若かった時に言ってくれた1言が今でも父の中に息ずいていました。
空港内にある、動く歩道・・・(何て言うんでしたっけ?)
車イスを押しながら、調子にのってその動くレーンに乗ってしまった私は、降りる時に車イスがスタックして動かなくなってしまった~
後ろでは、5~6人が集まって、皆で父を持ち上げ、イスを移動してくれようと必死に協力して助けてくれました
冷や汗をかきながら、皆さんにお礼を言う私の前で、
父はゆったりと車イスに乗って、上機嫌!?
こんなところで、威厳をださないでくれよ~っと思いつつ、やっぱり父のこんなところが好き
と、居直る私なのでした・・・。
温泉旅行以来、3か月ぶりに逢う父は、ますますヌードな心になっていました!それは、一緒にいると、“感じる”もの。
羽田空港への道のりは、約1時間30分ほどあるのですが、父と交わした言葉はこちらの2、3言。
“お昼ごはんは、直美の好きなものを一緒に食べような”
“お腹すいた。” “そうだね。お腹すいたね~”
・・・。
私は、1人の時も移動中は眠ることはできないのに、父と一緒にいたこの時間、ぐっすりと眠れました。交わす言葉の多さよりも、お互いの空気間にある信頼と安心感の中で、私はゆったりとくつろいでいました。
スッピンであほみたいに眠りこけている私は、かなりヌードだわ~♪
父と一緒にいた数時間で、気ずいたことがありました。
商社マンとして世界中を股にかけて活躍した末に、脳梗塞で2回倒れた父は、肉体的な障害を抱えています。
携帯電話を押す手も、大変そうです。
移動中に、隣に座った男性が大きなパソコンを開いて、仕事を始めました。
すると父は、じーーーーっとそのパソコンを見ている。
その目線は、何の感情の気配もなく、ただ“好きなものを見たい”という目でした。好きだけど、もう自分にはその能力はないという、ありのままの自分を受け入れているヌードな目とオーラ。
あと、飛行機に乗るまでたくさんの手続きをするために、多様な係の人達が話しかけてきます。
“お支払は如何しますか?”
“お迎えの方はいらっしゃいますか?”
“お迎えの方のお名前は?”
などなどと話しかけられる度に、父は“はい!”と大きく返事をして答えようとします。
ですが、係の人達の話しかける目線は、すべて私に向けられているので、父は答えるのをやめてしまいます。
何回もくり返されるこの状況に、私が答えるのをやめて、
“ねぇ、パパ、どうしたらいい?”と父にゆだねることにしました。
すると。
ふだんはモゴモゴ話すのに、しっかりとハリのある声で答えるのです。
今まで父が社会で培ってきたコミュニケーション能力は、すばらしいものです。
しかし車椅子に乗って、障害があるという見た目で判断され続けて、萎びていく父の威厳とコミュニケーション力。
家族と自分を守るために働き続けた後には、外付けの能力を超えた、存在そのものとして生きる、その姿を父の中に垣間見たようでした。
ですがヌードの中にもある、父の威厳。
それは、誇れる自分を思い出した瞬間に、
“誰かに頼られ、守る価値”を自分の中に見出した時に、発揮されるものなのかもしれません。
(直美のことは、一生かけてお父さんが守る)と、私が若かった時に言ってくれた1言が今でも父の中に息ずいていました。
空港内にある、動く歩道・・・(何て言うんでしたっけ?)
車イスを押しながら、調子にのってその動くレーンに乗ってしまった私は、降りる時に車イスがスタックして動かなくなってしまった~

後ろでは、5~6人が集まって、皆で父を持ち上げ、イスを移動してくれようと必死に協力して助けてくれました

冷や汗をかきながら、皆さんにお礼を言う私の前で、
父はゆったりと車イスに乗って、上機嫌!?
こんなところで、威厳をださないでくれよ~っと思いつつ、やっぱり父のこんなところが好き
と、居直る私なのでした・・・。



