暖かい光と涼しい風のなか、気持ちよさそうな我が家のたまちゃん♪
パソコンの前で奮闘する私の横で、ぴったり寄り添うたまちゃん・・・いいんだけど、マウスが動かないよ~
さてさて、先日の出来事です。
“かあちゃん、余裕って、どんなものなの?
余裕と自信って同じものなのかな?”
はたまた深い質問をしてきた我が息子・・・
抜き打ちみたいにいつも突然なので、
気をぬいていると、“はあ?”みたいな顔をしてしまう私。
“楽しいことや好きなことをして心が満たされていると、自然と余裕ってうまれるんじゃないの?(結構てきとうな答え) なんで?”
“友達に相談されてさ・・・。今日疲れているのに、おもてー相談してくんなよな~”
実は今日、人生初めてのバイトの面接に行った彼。
そんな息子から放たれる日常生活の言葉は、
“かーちゃん、鍵がない!”
“かーちゃん、財布がない!”
“かーちゃん、定期がない!”
“かーちゃん、学生証がない!”
“かーちゃん、金がない!”
・・・。大事なものばかり無くして、家中で吠えまくっています。幼い頃は、一緒に探して見つけると二人でほっとしていたけど、もう大きな青年なので、ほとほと呆れ顔の私。
とは言っても、家中で吠えまくっている彼にいら立つ時は、必ず私の中で何かが満たされていない時か生理中のとき。
自分に余裕がないから、息子の不満に巻き込まれてしまうのです。
そして、女神のこころは 遠いかなたに吹っ飛び
“あんたがしっかりしてないからでしょーっ!!”
と噴火の一言いや100言、彼に浴びせます。
生まれた時から、できるだけいい環境を整えて
ハッピーになってほしいとねがってきた。
彼にとって最後のとりでになる母親でありたいと思ってきた
でも、彼が問題をおこすときは
100%全力突進で私に、
“かーちゃんは、どうなの?
かーちゃんの本当の問題は何なの?
僕の問題を通して、かーちゃんはどうありたいの?”
と、問いかけているように思えてならないのです。
もちろん、彼は無意識なのでしょうけど。
だって、親子の間でおこる問題は
社会全体でおこる問題とリンクしていると思うから。
家庭で本当の気持ちを言うことをごまかしてしまうことに
慣れてしまうと、社会でもそんな自分しか表現できなくなってしまうから。
今回の“よゆう”に関することも、
私にいつも余裕があれば、彼のこころを抱きしめて
信じてほっとくことができるけど
私が私を嫌っているときや、体調が悪い時は
自分のことすら抱きしめられないから
彼のすべてを信頼できないのです。
かといって、私は人間だからいつも上機嫌でいられない。
女神のようにはなれない。
だって、息子のただのかーちゃんだから・・・
でも、それでも・・・私なりに“よゆう”ってどんなものなのか、答えがみつかった気がします。
“よゆう=自己信頼(自己確立ができている)=自信につながる”
ものなんじゃないかなって。
けっきょく、すべては自分!!
だめな自分をどうたたせて、本当の自分らしく
生きていけるか、なんじゃないかなって。
そのために、わたしはドレスセラピーで自己確立していこうとしてる・・・
これは、わたしにとっての答えで、
彼は自分で“よゆうとはなんなのか”答えをみつけるでしょう。
かーちゃんのこころは、
折れたり曲がったり、噴火したりで
まだまだ成長段階なのです。
さてさて、先日の出来事です。
“かあちゃん、余裕って、どんなものなの?
余裕と自信って同じものなのかな?”
はたまた深い質問をしてきた我が息子・・・
抜き打ちみたいにいつも突然なので、
気をぬいていると、“はあ?”みたいな顔をしてしまう私。
“楽しいことや好きなことをして心が満たされていると、自然と余裕ってうまれるんじゃないの?(結構てきとうな答え) なんで?”
“友達に相談されてさ・・・。今日疲れているのに、おもてー相談してくんなよな~”
実は今日、人生初めてのバイトの面接に行った彼。
そんな息子から放たれる日常生活の言葉は、
“かーちゃん、鍵がない!”
“かーちゃん、財布がない!”
“かーちゃん、定期がない!”
“かーちゃん、学生証がない!”
“かーちゃん、金がない!”
・・・。大事なものばかり無くして、家中で吠えまくっています。幼い頃は、一緒に探して見つけると二人でほっとしていたけど、もう大きな青年なので、ほとほと呆れ顔の私。
とは言っても、家中で吠えまくっている彼にいら立つ時は、必ず私の中で何かが満たされていない時か生理中のとき。
自分に余裕がないから、息子の不満に巻き込まれてしまうのです。
そして、女神のこころは 遠いかなたに吹っ飛び
“あんたがしっかりしてないからでしょーっ!!”
と噴火の一言いや100言、彼に浴びせます。
生まれた時から、できるだけいい環境を整えて
ハッピーになってほしいとねがってきた。
彼にとって最後のとりでになる母親でありたいと思ってきた
でも、彼が問題をおこすときは
100%全力突進で私に、
“かーちゃんは、どうなの?
かーちゃんの本当の問題は何なの?
僕の問題を通して、かーちゃんはどうありたいの?”
と、問いかけているように思えてならないのです。
もちろん、彼は無意識なのでしょうけど。
だって、親子の間でおこる問題は
社会全体でおこる問題とリンクしていると思うから。
家庭で本当の気持ちを言うことをごまかしてしまうことに
慣れてしまうと、社会でもそんな自分しか表現できなくなってしまうから。
今回の“よゆう”に関することも、
私にいつも余裕があれば、彼のこころを抱きしめて
信じてほっとくことができるけど
私が私を嫌っているときや、体調が悪い時は
自分のことすら抱きしめられないから
彼のすべてを信頼できないのです。
かといって、私は人間だからいつも上機嫌でいられない。
女神のようにはなれない。
だって、息子のただのかーちゃんだから・・・
でも、それでも・・・私なりに“よゆう”ってどんなものなのか、答えがみつかった気がします。
“よゆう=自己信頼(自己確立ができている)=自信につながる”
ものなんじゃないかなって。
けっきょく、すべては自分!!
だめな自分をどうたたせて、本当の自分らしく
生きていけるか、なんじゃないかなって。
そのために、わたしはドレスセラピーで自己確立していこうとしてる・・・
これは、わたしにとっての答えで、
彼は自分で“よゆうとはなんなのか”答えをみつけるでしょう。
かーちゃんのこころは、
折れたり曲がったり、噴火したりで
まだまだ成長段階なのです。
