8月19日~30日にかけて関西、関東を宮古島のご神水で繋ぎ、折り返して今度は今回テーマの中心となる鞍馬山のご神水を宮古島にご返納しました。
お水を託された御天道様をはじめとして、主要5か所の御獄様などにそれぞれお届けしました。
そして、宮古島に来てからまだ一度も訪れていなかった宮古島7番目の島、多良間島にも渡ることができたので、ここには宮古島と鞍馬のお水を届けることにしました。
多良間島も京都が決まってからずっと気になっていたところで、調べてみると、ちょうど帰ってきてすぐに、無形文化財にもなっている「多良間の8月踊り」が開催されることを知りました。
また、家族ぐるみでお付き合いさせていただいているご家族の方が、多良間島とご縁があることを前々から伺っており、ぜひぜひこの機会に一緒に行こう!と盛り上がっていたのでした。
しかし、日にちが迫るにつれだんだんと行ける人が減ってきて、最終的にはうちともう一人だけになりました。
でも、その方はご家族の中でも多良間は行ったことのない方だったので、ご一緒できたことは本当に良かったと思います。
多良間へ出港の朝。私の車から虹が???
お祭りは3日間続き、そのうちの2日間滞在しました。
この時期は宿がいっぱいでとれなかったけれど、多良間のお友達の家にお世話になることができました。
多良間シュンカニといって、親子が別れ別れになる?悲しい物語の碑。
一本だけ目立つ木!

8月踊りは多良間村史を伝える伝統の豊年祭で、島の2つの大きな御獄、塩川御獄と土原(んたばる)御獄の中で開催されます。
中でも土原(んたばる)御獄は、島の英雄的リーダーだった土原豊見親を祀った場所で、多良間神社は土原豊見親が御祭神となっています。
ご一緒出来た方は土原豊見親に繋がる御縁があるということなので、この機会にここに来れたのは本当に幸せなことと思います。
お水をお届けするのは多良間神社と土原御獄で、お祭りで賑わって無理だったらやめようと思っていましたが、着いた日は2日目で塩川御獄の開催でした。
到着後すぐに始まるというので、まっすぐ会場へ。
独特のリズムのお囃子が延々と続く中、演目が進んでいきました。
まさか、御獄の中で演じるとは思っていなかったので、それだけですごいカルチャーショックに見舞われました。
だって、島の人たちはやたらと御獄の中には入っちゃいけないというのが慣習と聞いていたし、宮古島内でも御獄の中に入るお祭りは聞いたこともなかったので。
でも、大嶽公園の御獄様で、司さんたちがみんなで飲み食いしながら歌い踊って、村人たちの御願をする神事に呼ばれたことを思い出し、その原点がこれなのではないか、神んちゅや司といった特別に神がかった選ばれた人たちだけに許されたようなものではなく、村を上げて島を上げて、誰でもが参加すべきもの、それが神事ではないのか、という思いが胸を貫きました。
神の前に皆が集い、無事作物を上納できたことを喜び感謝し、次の豊作を願い、歌や踊りを奉納する。
そうすることで神も人も力を得て生き抜くエネルギーに満たされる。
祈り…御願…祭りとは…元来そういうものではなかったか。
人々が島の歴史を隅々にまで伝える演目を舞い歌い、神々もまたそこにリアルに集い、活き活きと神楽の宴の温かい愛の波動を伝播していく。
こういう、ごく当たり前の神事を普通のこととして守り、継承して行われている多良間島の深い根力に触れたような気がします。

今日は誰もいない土原ウガム。
午前中、塩川の演目を楽しみ、そのあと多良間神社と土原御獄へお水を届けに行きました。
みんなお祭り会場の方に行っているので、目的の場所はとても静かでした。
多良間神社。 鳥居は斉藤さん奉献だそうです・・・
こちらの神社はお社がサッシのドアで、なんだか普通のおうちみたいです。
少し開いていたので、中に入るとそこは畳の部屋で、正面に神棚があり、「神社」と書いてありました。
本当に普通のお宅の部屋!
そこでご挨拶して外でお水を繋げました。
土原御獄は踊りの舞台に向き合って正面後方にありました。
その後ろの方が「父母の森」と書かれていて、ちょっとした森林になっていて、鳥たちの声以外は何もなく、とても気持ちのいい空間がありました。
エネルギーが、ちょっと鞍馬山に似てる感じもしましたが、鞍馬よりもやわらかく、透明感のある感じでした。
森の一番奥に石碑があり、土原豊見親の祖先の家があった場所だそうです。
天然のクロス!
クラマのお水をタラマに繋ぐ。
クに線一本入れたらタ。
なんだか、音も似てます。
きっとどこかで深いつながりがあるんでしょうね。
土原御獄様へお繋ぎし終えて、やっと今回のお水事完了という気がしました。
縁の方々のご依頼もすべて完了。
多良間魂も見せていただきました。
神様の前で盛大に。神社はお祭りするところなのよね。
仲宗根豊見親の敵、鬼虎が酒を豪快に呑む。徳利の中身は本物の酒。
樹齢200年を超すシュレーウガンの赤木。
岩を呑みこむボコボコの根っこ。
半月のはずなのに~?満月に写った!
お祭りの3日間、島中を上げて感謝と喜びを体現する。
ピュアで美しい元々のエネルギーに満ちた島。
多良間は宮古島と石垣島の大切な一人子のような存在にも感じました。
純粋で無垢な八重山のキラキラした魂が感動と祝福と喜びをまっすぐに表している。
うっすらと石垣島が見えました。
希望しかない生まれたての赤ちゃんに出会った。
そんな幸せに満たされました。
今度はきっとまた、ゆっくりのんびりと訪れたいと思います。

帰りの船では運転席に入ることができました!
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私が宮古島に来てから動かされてきた、宮古島のチャクラポイントヒーリング巡業の延線上にあるとも言える今回の関西・関東ご神水循環巡業は、多良間島まで巡って一通りの区切りとなります。
あっという間のことでしたが、思い出していくと、すべてが初めてのオンパレード。
感動、驚き、気づきの連続。私にとっては本当に濃厚な道のりでした。
振り返ってみると、ここまで来る流れの中に一貫して共通するキーワードがあることにも気づきます。
それは「平」。
金鳥山に登場する平十字もそうですが、平十字の十を良にすると私が住んでいる宮古島の住所、平良字になります。
そして、源平の祖神を祀る神社が平野神社。源義経が入ったのは平泉、将門は平家、もひとつおまけに伊良部島の洞窟で出会ったおじさんの名前が平三郎^^
そして、今回主要個所は関西、関東ともに北、北東にかかります。
北東と言えば表鬼門。北と共に重要な位置。
関西では北の鞍馬山、北東を守る比叡山。
関東で尋ねたのは、北は氷川神社総本社、江戸の鎮守神平将門直系の祀る国王神社等は北東にあります。
そして、要所要所に現れるカエル、蛇、龍のエネルギー。または牛、ウズラもいました。
毘沙門天、須佐ノ男命、豊受大神、大国主命、猿田彦大神。
いずれも出雲系の意識体。
サナトクマラ、クナト、アラハバキ…
縄文以前の源の神々。
ここまで考えたとき、以下のメッセージが来ました。
表立っては見えねども、神根の力は絶えずして、隆々とそこに脈打ちて在る。
自ら然る力であれば、宇宙の理に沿い交流、循環の動きに現れるのみ。
火と共にある水のバランス。
物と共にある精のバランス。
因と果はこの二つの寄り合いから成るものの他になし。
火を嘆くな。
水を憂うな。
結びて開く、その先を眺めよ。
いろいろな共通項、シンクロする現象、誘われる場所、さまざまなエネルギーが交錯する中での、関西関東巡礼でした。
神々と共に動き動かされ、行く先々では多くの方のご好意、ご協力にも恵まれました。
お陰さまで関西鞍馬山から関東神田山まで、宮古島中心から湧く御天道様の御神水をお繋ぎし、さらに鞍馬山ご神水を御天道様はじめ、必要な神処へとご返納してエネルギー循環することにこの身が使われたことにはありがたく、神々とともにすべての存在に深謝して絶えません。
今だから言えますが、じつは御天道様の湧水については、ちょっとしたお試しごとがあったりして、一度はやめようかとも思ったことがありました。
御天道様の所はほんの少しづつしか出ていないし、もっと豊かにじゃんじゃん出ているところの方が簡単でいいのではないかと。
それで、最終判断は神にゆだねようと思い、もし、その湧水でないといけないなら4時半に起こして行かせてみてくださいと直談判しました。
結果、3時間しか寝ていないにもかかわらず起こされてしまいました…。
そして、あんな茂みの中で水を一人で運ぶなんて…と躊躇していたのに、きちんとお手伝いの人まで手配してくださるという周到ぶり。
何から何まで準備され、今回の交流の意図を一番よくわかっている依頼主である神様の予定の上で動かされたという流れがあります。
なので、私がこのような動きをしたからと言って、何がどう変わるのかなど、私自身はさっぱりわかりませんし、どういう意味合いがあるのかさえ知り得ません。
ただ、こうして、千差万別でありながらも、純粋に動かされ、それぞれのポジションですべての存在がお役を全うしている。
その一貫に過ぎないことは確かです。
神々に動かれることには人の決めることを限りなく飛びぬけて、まったく想像を絶する結果を導く。
人の思惑でものが動くのではなく、神の決めたことで人が動かされるものなのだと、あらためて実感した旅でもありました。
この巡礼で関わったすべての存在、ご協力いただいた方、出会った方に神魂底から感謝と愛を捧げます。
本当にありがとうございました。
多くの良き仲間の住む島!

















