世の中は、とてつもなく便利になった。

私のような昭和生まれには
今でもこんな小型の機械が
世界中に繋がっていることが
信じられないくらいだ。

玄関先に電話専用台を置き
やたらと豪華なレースで
飾られた保留をするための
オルゴールらしきもの。

あの黒電話の時代から
三つの元号を跨いで来た世代としては


この便利さは本当に凄いと思うと
同時に

正直、「私はいつ一人になれるのか」
と息苦しさも感じる。


トイレにスマホを持ち込めば
Siriを出していたって
私はブラジル人のブログを
読むことができるし


湯船に浸かりながら

いたいけなケニアの青年が
誕生日のお祝いに牛のふんを
たっぷり入れた汚水を

びっくりするほどの
引き攣った笑顔で浴びせられている所も
しっかりと見れるのだ。


逆に言えば
この小さな端末さえ充電しておけば

24時間、私のたいして
特化したところもないような
怠惰な日常も、世界に垂れ流すことも
できるし

監視されることだって
可能なのだ。


私のスマホのSiriは
いつだって飼い主を舐め切っており

完全な無視を貫いているが

実はこのマイクやカメラは
噂によれば、世界の誰かに筒抜けらしく

私がいつどこにいて
最近太っている事を気にしている事も
こっそり呟いた欲しいものすら
全部把握して、お勧めしてくれるのだ。


最近では、言葉に言わなくても
頭で想像するだけで
画面にお勧めがでてくると
いうのだから、本当に迂闊に

「白人イケメン男性と付き合って
みたい」「痩せたらワンチャン
いけるんじゃないか」

など呟くんじゃなかったと
思っている。


こうなっては、ほんの少し
不便なあの頃が懐かしく思えてきて

学校から離れたら
翌日までは何も進まない
友達との会話や

親にバレたくないけど
なんとか帰宅を知らせたくて
お互いに鳴らし合った家電への
ワンコール。

想いを伝えるために
何度も書き直した手紙や

センターが壊れるほどに
問い合わせして
「きっとまだ読んでない」という
希望の元に待ち続けたメールが

どれだけドラマチックに
私のへっぽこ人生を彩ってくれて
いたのかと実感する。



この便利は、必要だったのだろうか?


そんなことを考えても
時代を遡ることもできないし

翌日に来るAmazonも手放せないの
だろうけど


私たちは、毎日
心まで誰かに縛られているのではないか
と思う。


じゃあ、スマホデトックス
すればいいのだけれど

たまにはケニアの状況も
知りたいし

名前の区別もつかないけれど
最近のイケメンというものも
拝みたいし

腰痛ベルトや育毛剤も
注文したい。



この複雑な更年期の乙女心を
抱えながら

この世界を当たり前に生まれてきた
子供達はどうなっていくのだろうと
考えてみたりもする。


というわけで

最近の私は、1日のほとんどは
スマホを触らず

休日に至っては
持ち歩きもせずに

今、この瞬間の
夫の屈託のない笑顔と
白髪混じりの鼻毛を

存分に味わいながら
楽しんでいる。


「来年の夏を迎えられる
保証なんて誰にもない」


そう言った聡明な友人(おまけに
クソが付くほどの美人)

の言葉を
ありったけの良い女気取りで
そっと呟いてみる。


ああ、今を生きる
数少ない私の大切な友たちよ

私たちの生意気おっぱいは
すっかり腰も低くなり
稲穂のようにこうべを垂れて
いるけれど


どうかその小さな塊から
逃れて

今この瞬間の自分の時間を
楽しんで欲しい。



主人公の常盤貴子と出会うために
サンダルで全力で走りまくった
往年のトヨエツみたいに


ほんの少しの不便さは人生を
劇的にドラマチックに
してくれるのだ。


最後に。

あなたの毎日が
あなたにしか
演出できない映画であって

その主人公は
あなただけにしか演じられない
ことを

どうか思い出して欲しい。



また書きます。

義母が使い心地が悪いと譲って
くれた人生初のダブルのトイレットペーパー
の厚みに感動しているトイレから


愛を込めて