五月病かもといわれたときのこと、
『保健室登校』の同級生の存在を
知ったときのエピソードです。
前回の記事、アメトピしょうかいされました!
どうもありがとうございます
私が学校に行けるように
気持ちを切り替えられた理由は

テストは苦手教科はとても悪かったです
漫画は、内容も楽しみなんですが
朝になって、起きるときに
「ああ今日、友達が私のために
漫画を持ってきてくれるんだった」と思うと…
「ちゃんと行かなきゃ」って気が沸きました。
(貸すとき返すときも同様に)
私に本の貸し借りをしてくれた友達に感謝ですね。
当時、学校が有意義に思えなくて、
家では意図的に私を傷つける母親と
どうにも仲良くすることができなくて…
激しく生きづらいと感じるときがありました。
その時はとにかく、あまり先を考えず
「今を乗り切ってたらいいや」
「今、楽しいし何とかなってる」って
その時だけを見て過ごしていましたね。
(漫画を読んでる瞬間なんかそうですよね)
もちろん、ずっとそのままじゃ困るんだけど…
だけど、本当につらい時だけは
楽しい瞬間を見つけて、
そのことだけ思うようにして
やり過ごすのも「手」かなって、思うんです。
保健室登校の彼女は、当時は現状を知るまでは
『頭がよくて、たぶん自分よりも
家庭環境も恵まれているはず』という印象の子でした。
でも、本当にそうだったのか?
ひょっとして、違ったのかも知れません。
先生は私のことを
「楽しく学校に来ている生徒」と思ったようで…
それと同じで
相手にもったイメージと、
実際とでは違っていたりするのって
まぁまぁあることですよね。
彼女の周りでは
私の知らない大変さがあったのでしょう。
私はたまたま漫画を読むことができた。
貸し借りをしてくれる友達もいた。
彼女は保健室登校に切り替えることで、
なんとかしていたんでしょうね。
保健室で見かけるたびに
私は彼女に何度か話しかけました。
漫画好き?とか、あのテレビ番組見た?とか
本当に中身のない雑談でした。
それくらいしか できなかったんですよね…。
そうそう、保健室の先生、
見た目派手だったけど良い先生でした。
当時は生徒の名前は呼び捨する
先生がほとんどだったのに
苗字や名前に「さん」を付けてたり、
用事を頼むとき命令口調ではなく
きちんとお願いするスタイルだったり、
素敵な大人だな、と思いましたね。
このシリーズはこれにて完結。
続けて読んでくださった方、感謝します。
五月病で思い出した先生の質問からの
当時の私の考えを書いてみました。
ではでは、また読みに来てくださいね。
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
「すくパラ倶楽部news」5/25に更新しました。
フォローよろしくお願いします!
リアルタイムのつぶやきを!
お仕事のご依頼は…
..:*。
読んでくれて
ありがとう
。*:..



