※ 注意 ※

 

 今回は本当に、ただただ、暗く、愚痴で、めちゃくちゃな内容です

  閲 覧 注 意 !!

 母親としてダメな内容ばかりです

 そして過去の話多いです

 

  

 

 

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 昨日は真珠記念日ということで少しだけ持っている真珠のアクセサリーの写真を載せてブログを書こうと思っていたのに、昼~夕方前まで出かけていて用事をしていたためか体がしんどくて結局かけないまま

 

 一昨日は予定がギチギチだったうえに、その前日から続く下痢を伴う腹痛のせいでぼろぼろ

 

 

 本当だったら新居で使う持っていない家電の購入検討内容を載せたかったのですが

 そんな余裕がなくやめました

 そちらは今後余裕がでてきたら書きたいとは思っています

 

 

 

 

 今日は三時ごろまで家でご飯食べたり夜出発する旅行の準備したりした後、軽い運動がてら頑張って家から買い物ついでにトータル50分ほど散歩してきて。帰ってからは途中で買ったピザまんと冷やしぜんざい食べて、掃除したりしていて順調かな? と思っていたのに

 ちょっとしたズレから何もかもタイミングが合わなくなって

 一つ一つは大したことじゃないのに

 重なって、受け止める余裕がなくなって、

 こんな簡単なことも完璧にこなせない私はなんて駄目な人間なんだろう、と

 パニック寸前で涙が出てくる始末

 

 例えば、

  ・さっきまでスマホ使っていたのに、晩御飯を作ろうとキッチンに向かって準備をし始めたら(手が食材触った時)スマホに着信がくる とか

  ・しばらく待っても返事がこないから、また食事作りの続きを開始したら返事がくる とか

  ・バタバタして、スマホに刺してた充電器がスマホ落とした衝撃で外れる とか

  ・生ごみいれてた袋がいつの間にか穴が開いていて汁がもれていた とか

  ・頑張って散歩にいって順調だと思っていたのに、ひっくり返すぐらい立て続けにダメなことが起こった とか

 

 

 そんな、大したことないものばかりなのに

 ぼろぼろで、連日の天気のせいか体もだるくてしんどくて、

 でも頑張ろうとして散歩にも行ったのに、結局頑張りなんて無駄なんだと思ってしまう

 しかも最近はなかった口内炎も昨日か一昨日ぐらいからできて、現在痛みが辛い


 

 こんな状態のため、旅行も延期しました

 元々妊娠中ということで体調がどうなるかわからず

 日帰り予定だったので問題はないのですが

 何年か前も和歌山に行こうと二人で計画し

 数年かけてもなぜか和歌山に行こうとしたときだけ中止になってしまい

 2人の結論で 「和歌山にはもう行こうとするのはやめよう」 となりました

 ――和歌山、ずっと行きたくてしかたなかったのに

 なぜかその時に限ってタイミング悪く喧嘩したり、体調が悪くなったりしてしまう

 子どもが生まれたら変わって、家族3人で行けたらいいなとも思う

 

 

 元々うつ病で現在も心療内科に通院中

 薬は医師と相談の結果、徐々に減らして現在は無でなんとかやっています

 

 

 

 小さい頃……覚えているのは小学生のとき それも低学年ごろ

 当時は全然病気だと思っていなかったし、私以外、誰でも起こりえるんだと思い込んで

 親にも話さずただ一人で耐えていた、

 

   ”不思議の国のアリス症候群”

 

 を発症

 症状が出たら 不安で、怖くて、震えと涙が止まらない

 大学生になるころにはほとんど発症することもなくなりましたが

 現在でも時折発症します

 もちろん昔から、あり得ないことが起こる、でも、これは気のせい、幻覚、現実じゃない

 そうわかって……自分に言い聞かせて、症状が治まることを只管願い待ち耐えるだけ

 

 

 小学校4年生ごろから発症をし始めた

 

  ”パニック発作”

 

 心臓が痛くて苦しくて呼吸もできず、

 必死で呼吸しようともがくも吸うことすらできず、

 手足は震えて言うことをきかない

 これも、つい2年ほど前にかなり酷い症状がでて

 吐き気と全身から冷や汗が噴出し、震えが止まらなくなりました

 

 

 

 そして小学生、もしかしたら幼稚園ぐらいの時からずっと付き合い続けている

 

  ”過敏性腸症候群”

 

 食事をしたら30分~1時間以内に必ず腹痛を起こしトイレに駆け込んで下痢

 便秘知らずでしたが、下痢が毎日で中学生の時には酷い切れ痔に

 しかも過敏性腸症候群という症状であることもわからず、便秘の人か下痢の人しかいないと思っていたので

 これが異常なことだと大学生になるまで認識していませんでした

 痔だということも大学生になるまで全くわかりませんでした

 痔=いぼ痔 のことだと思っていたので(座ると痛いという話ばかり耳にしていたため)

 これは社会人になり実家を出て、一人暮らしを始めた途端発症頻度が減少

 今でも過度のストレスを受けると発症しますが、それでも毎日ではなくなっただけありがたい

 実家で家族と過ごす日々がかなりのストレスだったのだと(それも幼少のことから)20歳過ぎてから知りました

 

 

 

 そして現在も通院・治療中の

 

  ”うつ病”

 

 2つ前に書いた「パニック発作」が起こった約2年前の時は最近の中でも特にひどかった

 3食しっかり食べても痩せる上に、LDLコレステロール値が低すぎて健康診断で要精密検査と診断

 HDLはギリギリ基準値内だったものの、総コレステロール と 中性脂肪は基準値を下回り

 LDLに至っては再検査でさらに数値が下がるという結果に

 調べた結果、コレステロール値(特にLDL)が低いとうつ病が強まるといった内容がでてきました

 それにLDL値が低いと血管が割けやすくなるということも

 

 記憶もおぼろげで、私に自覚はなかったのですがパートナーからあまりにも物忘れが激しいなど心配を受け脳外科に行くも問題無

 精神的なものだと診断

 症状が酷くなるにつれ、新しく 過呼吸 が起こることも増え、元々ストレスなど感じたら無意識に呼吸が止まって耐えていたのですが。それが過呼吸になって、息ができなくなりました

 

 昔から情緒不安定で、家族といても居心地が悪く居場所はここではないと思い続けて 

 不安な気持ちなど親に打ち明けようものなら、「お前が悪い」「貴方がおかしい」と言われるばかり

 不安定な想いや鋭く痛く苦しい気持ちも全て一人で抱え込んで、押し込んで

 そんな風に生きてきて

 小学生のころからいじめにもあい、環境が変わってもやはり「普通」ではないのかいじめの標的にされ

 教室のカレンダーの私の誕生日にわざわざ「死ね」と書かれたり

 階段最上階から突き飛ばされたり

 校則で2つ結びにしないとならず、2つ結びにしていた髪形を見てクラスメイトに「ゴキブリ」だと言われたり

 

 そんな日々

 親に話して学校には行きたくない、と打ち明けても

 「将来どうするんだ」など、今、苦しんでいる我が子のことなどお構いなし

 あるかどうかもわからない将来の話ばかり持ち出して

 当時の私を責める(休んでいないで学校に行け、など)ばかり

 今苦しんでいて、追い詰められて死んだら心配してる将来なんてなくなるのに

 と思って、親のことはここからバッサリ信用も信頼もしなくなりました

 

 

 誰にも話せず、周囲に味方はいない

 そんなときの唯一の心の拠り所がインターネット世界

 そこで出会った人たちはとても優しくて、思いやりに溢れていて、

 ――なのに、親にはそれすらも反対され

「ネットは危ない」「おかしい人しかいない」

 と、偏見に満ちた考えばかりを押し付けて、私の唯一の拠り所すら否定される

 

 生まれてきたのがそもそも間違いだった

 あの時、あの場所、あの時代に産まれてきたことが人生最大の汚点

 

 だと思い始めたのはいつのころだったのだろう

 そこまで明確でなくとも、その気持ちが芽生え始めたのは幼稚園入るころだと思う

 

 

 

 誰も信じない、信用なんてできない

 そんな私に訪れたパートナーとの出会い

 最初はもちろん信用なんてしていなくて、生理前には情緒不安定が隠せないほど現れて

 度々困らせていたのに、家族ですらそんな私を否定して攻め立てるのに

 パートナーは赤の他人でそんな義理も義務もないのに、ただ傍にいて受け止めてくれる

 そんな時間を3年以上過ぎてやっと、信用でき始めた

 情緒不安定さも軽減され、少しずつ快方に向かい始めていた矢先

 

 それでも新卒で入った会社がブラックで

 食事もとれず、眠れず、それでも働きに行かなければならない

 そしてどんどん痩せて点滴で栄養を摂りしのぐ日々

 辞めてからも胃が小さくなったのか、精神的なものか1日何も食べれない日が普通

 それでも退職から1か月後に入社した会社での人間関係がよく、1年かけてなんとか1日2食はとれるようになり

 良かった、と思い出したら今度はほかの人たちは異動でいなくなり、私だけが残りあとは新しい人がくる地獄の始まり

 それでも半年は大丈夫と言い聞かせてやってきたけれど、後半に入ると家を出て職場に向かう道中で動悸が激しくなり

 職場につけば息苦しく、酷い時は立てることはおろか脈と血圧が通常の倍ほど早まり、座っていることすら難しくなって

 

 本当に死ぬかと思った1年

 翌年は私が異動で変わったため、環境が変われば改善すると信じ頑張り続けるもそうはうまくいかず

 うつ病が悪化し、先に書いた通り健康診断も年々悪化の一途

 そんな中、私自身に自覚がないためどんどんパートナーとの関係も悪化

 受け入れる余裕もなく、些細なことすら自分を責めたてパニックを起こし、

 脳外科など連れていってくれたり、色々心配して手を尽くしてくれていたのに、破局

 連絡を取らないまま数カ月がたち

 私はやっぱり1人で生きていくしかないと(書いていて涙が止まらないほど、まだ整理しきれていない)

 それでも、酷いパニック発作を起こし、全身から噴き出す冷や汗と襲う震え、呼吸困難に襲われた時、

 私が連絡したのは破局したパートナー

 

 そして仕事終わりに駆けつけてくれた、優しい人

 

 本当にいっぱいいっぱいで、傷つけてばかりなのに、助けに来てくれた

 何度も何度も、いっぱいいっぱいで、周りを見る余裕もなくなって、酷いことばかり言っていた私のそばにいてくれて

 色々外出に連れて行ってくれても、あの時の私は一緒にいる事すら苦痛で

 手が触れ合うのすら嫌で嫌で仕方なくて

 全て私のせいでダメになったのに、それでも許してくれて 

 

 徐々にお互いが歩み寄りだして、未だに衝突を繰り返しつつも一緒にいる

 こんな大事な人とずっと一緒にいて、子どもも授かることができたらと付き合い初めてからずっと思い続け

 色々ありながらも今、こうして一緒にいて

 そして子どもも授かって、本当に嬉しくてうれしくてたまらなくて

 パートナーも喜んでくれて、受け入れてくれて

 

 つわりで何も食べられない、水も飲めない、それでも耐えてきたのに

 眠れない日々、眠っても悪夢しか見ない日々からだんだんおかしくなってきて

 比較的前向きに過ごしつつも、ダメなときはとことん落ちて

 悪夢は見なくなりだしたころ、ちょうど薬を減らし始め、飲まなくなり

 すると精神的に不安定さが増して

 それでも何とか頑張って薬がなくても大丈夫になってきたけれど

 

 治ったわけでもなく、過去のトラウマが消えた・清算できたわけでもない

 時折今日のように酷く落ち込み、自分を責める日もあって

 そんな時は些細なこと一つ許せなくて、自分を責めるばかり

 

 

 普通の人ですら、マタニティブルーになったり育児で追い詰められ虐待や子どもを殺してしまうこともあるのに

 普通ですらない、元々異端で今はうつ病発症して治療中の私が

 人生で初めて、願い続けてかなった夢がただ嬉しくて、それだけで無責任に

「大丈夫、産める、母親になれる」

 と思って、産もうと決めたことがやっぱり間違いだったんじゃないか

 どもども子どもを望んだことすら間違いじゃないのか

 生まれてきたことを汚点だと考え、一番の後悔だと思っている人間が望んではいけないことだったのではないか

 

 このままこの子を産んでも、お腹にいる時点ですでにこんなにも過度なストレスにさらされ

 逃げることもできず、ただ流れてくるものを受け入れるしかない状態で

 健康に、身体にも精神にも何の問題もなく産んであげることなどもう、かなわないのではないか

 この子は何一つとして悪くないのにそんな状態にさらし、追い込み、生まれてからも普通の人生を歩ませることができないなんて

 このまま産む前に、私とお腹の中でそのまま死んでしまうほうがいいのではないか

 そう思ってしまう

 

 お腹の子にとって、こんな私のところに授かってくれた子にとって

 何が最善なのか、この子にとっての最善を選びたい

 けれど普通に生んであげることすらできないのに、何がいいのか、わからない

 もちろん、生まれるまでどんな状態なのかわからない

 出産してみれば五体満足で、成長を経ていく中で精神障害などなにもないのかもしれない

 

 それでも過度のストレスにさらしてしまっている現実は変わらなくて

 ストレスはよくない、と理解していても

 その通りに過ごすことができない

 

 パートナーにも、

「自分がそんな状態のとき、どう対処するか自覚しないと。ずっと一緒では子どもが困るよ」

 と、今日言われました

 

 本当にその通りで、なんで私はこんなにもダメなんだろう

 クソみたいな人間なんだろうと思います

 今日もこんな状態だから普通にできないと自覚して、それを相手に伝えても

 お互いが相手を想いあっての行動の結果が、なぜか悪化する一方で

 想いあった結果ならうまくいくはずなのに、大抵うまくいかない

 

 なんでだろう

 お互いを想いあって気遣ったなら、ハッピーエンドじゃないの?

 

 どんどん自分自身を責めたて追い詰めることにしかならない

 

 

 このブログにはここまで暗い話、闇の部分を載せずに基本的に楽しいこと

 たまに暗い話を挟みこんでも、闇の部分は出さないようにと思っていましたが

 そんな余裕もなくなってしまい

 

 昔、親に

「そんな簡単に死ぬとかいうな」「無責任だ」

 などと言われましたが

 

 簡単に言ったことなど、思ったことなどありません

 もう、追い詰められて、どうしようもなくなって、ソレしか考えられなくなった末の結論

 そう発言するまでに至ったことなど、考えようともしない親

 平気で子どもに向かって

「貴方がおかしい」「そんな風に育てた覚えはない」「お前が勝手にそうなっただけだ」

 という人たちですからね

 

 

 いつの頃からか諦めることが当たり前で、1人で耐えることが普通で、

 様々なものを決める基準が

 

「これを選ばないと、買わないと 死ぬか?」

 

 大抵、欲しいと思っても、買わなくても死なないものばかり

 自分の意思より相手の意思を優先しても別に私は死なない

 私はコレがいいと思っても、私以外の誰かの意見が違えればそっちを優先し

 自分の気持ちは無視

 だって、無視したって死なないから

 

 生きることが地獄で、救いなんてどこにもなくて

 そんなところに産んでしまうことは無責任じゃないのか

 母親の私がそもそも生きることを拒否しながら死ねずに生きてきたのに

 しかも私のせいで、何も悪くない子ども「普通」の状態で産んであげられないなんて

 

 

 結局これだけ書いてても結論なんてでなくて

 ただただ、自分の気持ちを吐き出しただけの内容

 読んでいて気持ちのいいものではないですし

 なんでわざわざブログとして載せるの? と思われる方もいるでしょう

 

 それでも今、どこかに吐き出さなければ、本当にダメになってしまいそうで

「死」 しか選べなくなりそうで

 吐き出しました

 

 産むのならば、私はどうなってもいいから

 子どもがどこにも問題なく産まれてくれることだけが唯一の願い

 遠く離れた次点で、子どもに母無子にしないために私も無事に出産を終えることが願い

 

 そして贅沢を言ってしまえば、虐待もせず、子どもを自分がされたみたいに責めたてることなく

 子育てができて、この子が大人になるまで見守れることができれば

 

 そう本当に、贅沢だけど願ってしまう

 

 愛してる、愛しているのに、こんなダメな母親でごめんね