お元気様です YKCコンサルトです
さぁ今日のテーマ

▶愛着障害?
整理整頓清掃(3S3定)の研修でのこと
ある受講生さんが、こんな風にご自身の現状を紹介されました
「ありとあらゆるモノに名前を付ける癖があり、 そのせいでモノが捨てられません。私は愛着障害でしょうか?」
うーーーん なるほど! でも
名前をつけてモノを大切にすること=愛着障害とは限りません
むしろ、彼女は感受性が豊かで、モノとの「つながり」を深める力を持った方だと感じました
また、この話を聴いて、すぐに思い浮かんだのが「命名」という行為です
それは、親が生まれた子に贈る最初のプレゼント
名前にはポジティブな願いが込められ、未来への祈りが宿っています
さらに、新製品の開発プロセスでは、試作段階では記号や番号で管理されていたものが、 完成し、世に送り出されるときに「名前」が与えられる
そこには、発想・試作・改良・販売までのすべての思いが詰まっている
名前とは「ストーリー」
誰かが作った掃除機、誰かが開発したドライヤー
そこに自分なりの名前をつけるという行為は、 「ここからは私と一緒に物語を紡いでいこう」という宣言なのかもしれません
けれど、彼女の本音はこうでした
「もっとシンプルで快適な生活空間を作りたい」 その願いと、モノへの愛着がせめぎ合っているのです
「名前をつけたから捨てられない」
彼女は、命名したモノ=捨てられない そう意味づけしているようにも見えます
でも、果たして本当にそうでしょうか?
おそらく、名前があるからではなく、
そのモノと過ごした時間、共有した日々があるからこそ、 手放すこと=その記憶まで消えてしまうような気がして、 寂しさや不安を感じてしまうのではないかと思うのです
もし、名前をつけたモノが2つ、3つとあって捨てられないのなら、
「卒業式」をしてみるのも一つの方法です
感謝を込めて送り出せば、 ストーリーは心に残る
それは、子どもがいつか親の手を離れるのと、どこか似ていますね
今日の一言
さよならは、感謝のかたち
手放せば、次の物語が始まる
日々感謝日々精進
一人称が「自分の名前」の人がいますよね
自分の事を私とか俺とかではなく自分の名前で言う
幼少期に名前で呼ばれて愛された記憶が強く、
自己肯定の手段になっている
なので、
どこかで修正するという意識は無かったのだと思います
また甘え上手な人に多い傾向だなと思っています
我が家で言えば、お嫁ちゃんと孫1号ですが(笑)
本人は自分の名前を気に入っているのです
私はと言えば
お姉ちゃんと家族親戚から呼ばれていました
これって本当に呼ばれたように
自分でも意識してしまうそんな風に思います
今日も元気にハッピーに
YKCコンサルトへの個別相談
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