ということを書きました。
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https://ameblo.mom/twilightexpress2018/entry-12845239050.html
自分の「大事にしている想い」を、
言語化してお伝えしていくことは、
心と心が繋がっていく、
だから人は元気を取り戻したり、
行動できるようになる、
そのきっかけになります。
この記事も何年か前に、
会社の繁忙期が来て、
自分の活動が出来ずにもやもやしていた時、
「同じような想いをしている方もいるのでは」
と書いた記事でした。
それが、境遇・背景は違う方からも、
共感していただけたことで、
私も自信をいただいたというものです。
「だから、こういうことを大事にしている」
「だから、こうなれる!」
その想いは、
人の心に届き、
癒しになったり、
心に火をつけたりもできる。
再び掲載したいと思います![]()
本日のテーマは![]()
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私が会社員を続ける理由①
https://ameblo.mom/twilightexpress2018/entry-12716297923.html
私が会社員を続ける理由②
https://ameblo.mom/twilightexpress2018/entry-12845241335.html
私が会社員を続ける理由③
https://ameblo.mom/twilightexpress2018/entry-12845242253.html
”私も働きながらやりたいことに挑戦しているので
いつも励みになっています”
”そのエピソード、知りたいです!”
そんな風に、毎回、温かいコメントをいただき、
とても嬉しく思っています(T ^ T)
ありがとうございます!
こうして、自分が持っているものを出して、
気づきや行動にお互いが繋がったり、
相乗効果になるような、
そんな「物々交換」をしあうような、
世の中を作りたいと思っています。
今日のテーマは、こちら。
「会社の資源(リソース)を使って自己実現する」
24・5才の頃、北京で。
私のミッションは、
誰もが自由に感性を発揮して、
可能性を実現できる世の中を作ること
なのですが、
そう思うに至った原体験は、
少し悲しい過去の思い出があります。
私は子供の頃から、人の顔色を気にして、
人の意見や感情、とにかく人のことを
優先して大人になりました。
そんな自分でしたので、就職活動をするときになって、
「自分にはやりたいことがない」
「可能性がどんどん減っていく・・・」
と悲しい思いをしたのですね。
その後、13年間のセミナージプシーを経て、
自分のビジョン、ミッションを見つけて、
今大きく変わることができました。
そんな悩みの最中、
やりたいことがどうしてもわからない私は、
「いろんなところ、いろんな人とできる仕事」と言う
何ともぼんやりした理由で、
何とか受かった今の会社に就職しました。
と言っても、たくさんの同期の中で、
明らかに「端っこ扱い」でした。
語学の素養がないことや、
学生時代打ち込んだものがないこと、
学閥みたいなものもあったのだと思います。
そのどれもが目立たない自分でしたので、
みんなが第二希望くらいまでで所属が決まるのに
私は家が近いと言う理由だけで「第四希望」。
人事にもしばらく名前を覚えてもらえない、
同期の話にもついていけない、
端っこ扱いされていた事業に
配属されることになりました。
目立たなかったんですよね。
自分がしたいことができたり、
やりたいことがある人って、
目立ったり、自己肯定感が高い人、
就職までキャリアを踏み外していない人なんだって、
拗ねながら思ってました。
そんな、目立たない、
期待もされてなかった私ですが、
私より上は氷河期で先輩が10年くらいいなかったこともあり、
所属した事業で、たくさんの機会を
与えてもらうことができ、
ある視点を得ることができました。
それが思えが契機の一つでもあり。
それは、
「会社の資源(リソース)を使って自己実現する」
と言うことです。
24歳の頃、3ヶ月間市場調査のために、
中国に行く機会を与えてもらうことになりました。
周りは影で色々言っていたのを知っています。
先輩たちもなかなか海外出張すら、いかせてもらえない、
そんな時期でしたので。
人って怖い、
目立ちたくない、何かされたら怖い。
なるべく隠れていたい。
そう思っていた私に、入社時の課長が言ってくれた言葉。
「会社は社員を使って、
目標を達成させようとしている。
ならば、個人も、会社のリソースを最大限使って、
自己実現してもいいんじゃないかな。
何かを成し遂げなきゃ!と思いすぎないで、
もっと会社の機会を
使い倒してやろうと言うくらいでいいよ」
と。
肩の力が抜けました。
人に色々言われないように、結果を出してこないと、
と思っていた私にとって、
「自己実現」って言う聞きなれない言葉。
やりたいことがなくてもいいのかもしれない。
目の前にある、「ちょっとやってみたい」
「これならできそう」を生かしていけば。
そう思えた瞬間でもあったのです。
上海にて。
そこから、
人に何かを言われても、
「会社をこうしていきたいから、こう言うことがしたいです!」
と、直球で色々な場所でいうようになりました。
”あの子ばっかり。何でろくに〜〜もできないのに。
いつも贔屓されてずるい。”
色々言われて、怖くて泣いたこともありましたが、
取り繕わないで、どんな風にしていきたいか、
発して行くようになりました。
そうすると、不思議なもので、応援してくださる方が、
要所要所で現れてきました。
海外へ正式赴任するために制度が変わったり、
グループ最大のプロジェクトに2回選抜されたり、
自分がやりたいと発言したことを「とりあえずやってみれば」
と言われる部署にいつもいることになったり。
イベント司会や雑貨屋店長、
海外の新しい支店開設、商品作り。
業態以外のことにも幅広くチャレンジして、
案外楽しみながらやっていました。
一人ではできないことばかりです。
ただ・・・
360日仕事だった駐在時代や、
終電にいつも乗り遅れる生活、
クレーム行脚、事業責任、
机を叩いて怒られたこと、
呼ばれて異動したのに立てついて干されたこと、
あんたの海外赴任にいくら使ってると思ってんのと言われたこと、
女性はポジション無いから管理職受けても無駄と言われたこと、
ヤ◯ザまがいのお客様に監禁されかけたこと、
社員がすぐやめる、の恐怖に怯えた店長時代、、
それに、
周りの友達・同期はどんどん結婚して子供ができて、
なのに私は一人で仕事だけが忙しくなる孤独・・・
私は別に仕事したいわけじゃないのに、、という葛藤。
正直きついことの方が多かった15年でした。
みんなが遊んでいる時間、
遊んだ記憶がほぼありません。
辛い、きつい、にフォーカスしていたら、
現実は変えられなかったかもしれないですし、
フォーカスしていた時は地獄でした笑
でも、不思議と、
そのことに後悔はありません。
(今思えば、ですが。当時は文句ばかり笑)
それは、
「会社を使って、自己実現ができた」
という思いと、感謝があるからかもしれません。
その過程で貴重な出会いや経験、
一人の世界では絶対に見聞きできなかったものを、
目にして、感じることができたからです。
自分でビジネスを起こさなくても、
この規模・背景があるからこそできること、
雇われマインドで、
「私、ここしかできません」だったら、
多分、愚痴しか出なかったと思いますが、
「せっかくだから、よくしていきたいよねえ!」
そんな思いを発すると、
年上、年下関係なく、仲間や共感の輪が広がっていきます。
辛い時代を一緒に生き抜いた仲間の存在は、
本当に、本当に、大きな力になってくれます。
そこでしかできないリソースを使って、
せっかくだから、自分がしたいことも実現しちゃう。
過去の私が、
「自己実現できるのは一握りの人」
って思っていたのは間違いで、
誰でもできるんだ、と思っています。
私自身は自分が目立たない、
スルーされる存在だったからこそ、
誰でもできるっていうことを
一緒に広げて行きたいと思っています。
一人では、そんな視点は持てませんでした。
そんな風に導いてくださった方々のおかげでしかありませんが、
微力ながら今度は自分がそうなりたいなと思うものです。
だからこそ思います。
「どこでも自己実現はできる」
だからこそ、会社とかビジネスとか、
どこでも使っている感覚や本音は同じで、
そこに壁は、きっとないんですよね。
「どこでも自分」
私もまだまだ精進が必要ですが、
自己実現はやりたいことだけでできることっていう視点を
ちょっとずらしてみたら、
今いる場所がありがたく感じられるのではないかと思います。
私自身はものすごく不器用だったと思いますが、
会社のリソースをありがたく使って
色々な体験をさせていただけたので、
人生が豊かになったなあ、と思っています。
目立たなかった自分の余談ですが、
人事になった今、自分がされたような理由だけで
絶対人を配置しないと決めていて、
かつ、人の名前は一発で覚えるという
ポリシーのもと活動しています。
社員からは、
「そんな細かいエピソードまで、よく覚えていてくれてますね!」
と言われますが、過去自分がされて悲しかったことはしない、
その代わりに、誰よりもその人の可能性を信じたい、
という気持ちで活動しています。
そう思うと、なんでも糧になるのですね・・・
その時は思えなくても・・・
たとえマイナスのことでも。それも強みに変わりますね。




