一昨日だったかな?
夜中に眠れなくて、布団の中で起きてたら
急に物置部屋が気になって行ってみたの。
そしたら、
パラリと出てきた 白い封筒⋯ ✉️
母は5年前に亡くなったのですが
某大学病院に献体させていただきました。
そして3年後に遺骨が返還された時、
解剖実習をされた学生さんからの
お手紙を貰っていたんです。
返還式で受け取ったのは父ですが、
父が読まず⋯ 私も読まずで、
結局ずっと封がされたまま保管されていました
でも何故か今なら読める気がして、
そっと封を開けてみました。
それは学生さん5人連名のお手紙で、
献体に対する感謝の気持ちなどが
丁寧に書かれていました。
なんかね、この手紙は
怖くて、ずっと読めなかったんですよね
母の死を実感するのが
怖かったのかも知れません。
お葬式が済むと霊柩車に乗って
みんなで火葬場に行って、
火葬して、骨を拾って⋯ という流れが一般的かと思いますが、
献体をすると、
出棺時に病院から迎えに来た
霊柩車に棺を乗せて、そのまま皆で見送ります
家族も皆、そこでお別れです。
そして何年か後、
既に骨となった状態で戻ってくるんです。
だからね、私は母の火葬に立ち会ってません
骨も拾ってない。
そもそも戻ってきた骨壷も開けてないし、
あの日、棺に入った母を見送ってから
一度も母に会ってない。
だから亡くなった実感はなくて、
まるで、母は生きていて
世界一周の旅にでも出てるだけのような、
そんな、感覚でしかなかったんです。
あぁ⋯⋯⋯
書いていて
涙が出止まらなくなってしまった
母が亡くなったのが11月だから
そういえば、もうすぐ命日です。
このタイミングで、この手紙を読めたことに
意味があったのかもしれません
私は母の死を受け入れるのに
5年も掛かってしまったんだなぁ 。。
色んなことがあったけれど
余分なことは削がれていって
やっぱり最後に残るのは、愛 なのかも
愛された実感と、
母を大好きだったという温かさ
以前は、
何度生まれ変わっても
もうこの人とは関わりたくないと思っていたけれど、
やっぱりまた
母の子になっても良いかもしれない。
そんな気持ちです
そして手紙を読んでから、
何故か
もうお金の心配をする必要はない、
そう感じています
私の中の欠けていると思っていた部分が
埋まったのだろうか??
欲しいと思いつつ、
受け取れなかったもの⋯
それが母の愛であり、
象徴するものが、お金だったのかもしれない
母の愛を感じられず
生きづらかった子供のころ⋯
それが無ければ生きていけない、という意味で
大人になった今は、
それがお金に置き変わっていたんですね
本当はここにあるもの、持っているもの
私が気づかないから受け取れないもの
これからは、お金の不安が出てきたら
母を思い出してみようと思います
温かく満たしていこう
