こんばんわ![]()
今朝の朝ドラ、久しぶりに大泣きしました![]()
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のぶさんと蘭子さんの交わす言葉が心に刺さりました。
蘭子さん役の表情がすばらしいです。
鎌田實医師の「人生の壁を壊す言葉を持とう」から。
育ての両親は小学校しか出ていません。
母は重い心臓病で治療が必要でした。
そういう家で僕が「大学に行きたい」と夢を語ったとき、
父は途方に暮れていました。
父は僕に
「ばかやろう、貧乏人は働けばいいんだ、勉強するな」
と言いました。
父は誠実な人で悪いことはしない素晴らしい人でした。
でも才覚はなく、その反面すごく優しく、
病気の妻のことも最後の最後まで見捨てませんでした。
でも僕はいい子でおとなしく生きていくんじゃなくて、
ちょっとやんちゃなところがあり、父とは違いました。
あきらめきれず、
夏休みにもう一回大学に行きたいと言ったら、
また「ばかやろう」と言われ、
思い通りにできないことが悔しくて、
カッとなって僕は父の首を絞めてしまった。
悲しいことに、人間ってそんなことをしちゃうんだよね。
父は命の恩人で、すごく優しい人で、
母の病気のために入院費や治療費を稼がなきゃいけないのは
よくわかっているにもかかわらず、
父も悔しかったんでしょうね、泣き出しました。
その涙を見て僕も我に返り、殺人者にならなくてすみました。
僕も床にへたり込んで泣いていたら父が言いました。
「好きなように生きていい。おまえに自由をやる。
だが俺は何も応援できないぞ」
その後に一番大事な言葉をもらったんです。
「貧乏な人や弱い人のことを、お前絶対に忘れるなよ」と。
「勉強するな」という言葉に、
ほっぺたをなぐられたような気がしました。
勉強するのを反対する親がいるのかとショックを受けました。
でもこの言葉でかえって火がつき、
父親がなんと言おうと無性に勉強したくなったのです。
「なぜ俺は勉強するのか?」
僕は自分に問いかけました。
「いい大学を出て出世するため」というのが、
当時の一般的な「正解」だったのかもしれません。
でも僕は納得しません。
「自由に世界中を飛び回れるようになりたい。
だから勉強するのだ」
それが僕が見つけた「別解」でした。
そして勉強することによって医師になり本を書く人になり、
本当に世界が広がり、
チェルノブイリやイラクの子どもたちとも出会いました。
76歳の今も、
「お前は自由に生きているか?」
「しがらみに負けていないか?」
と自問しながら生きています。
母は小学校しか出ていないけれど、
すごく優しい人でした。
僕はこの人に救われました。
人の悪口を言わない、
誰とでも仲良くなる、
すごく温かい人でした。
この夫婦に育てられて、父の生き方、母の生き方が、
僕の中にも入り込んでいるなあと感じます。
実際、僕はすぐにいろんな人と仲良くなれますが、
ずっと傍で母を見てきたからかもしれません。
僕が小学校の頃、心臓外科の手術が日本でも始まり、
母は手術を受けました。
少し元気になりました。
粗末な長屋住まいでした。
隣りの人が旅行に行ったといって、
おみやげをもらいました。
一人っ子だったので、
僕が勝手に開けて全部食べようとすると、
「ダメよ」って。
半分に切ってお皿にのせて、
反対側の隣の家の人に「いただきものですけど」
と言ってあげるんです。
母は、「實ちゃん、いいことがあったら独り占めしちゃダメよ」
と教えてくれました。
父から教わった「弱い人のことを忘れるな」ということと、
母から教わった「半分こ」。
自分が作った言葉
「お前は自由に生きているか?」
「しがらみに負けていないか?」
それらを忘れずに行動してきた。
みんなも、読書していて気づいた言葉でも、
友人と話をして聞いた言葉でも、
面白い言葉だなあ、いい言葉だなあと思ったら
心にピンで留めておくといい。
人生には壁がある。
その壁をうち壊す力のある言葉を
いくつか持っているといいんだ。
今日は見守り支援日でした。
わたしが心にピン留めしている言葉、
「大丈夫、だいじょうぶ」を連発してきました。
「きっと、うまくいく」も好んで使います。
自分に跳ね返ってくると、ものすごくうれしいのです。
では、また明日^^


