こんばんわ
仲良しさんが東京からのお客さまをお連れくださいました。
都会の匂いが春の匂いとミックスして楽しいひと時を過ごしました。
寒いなかでも一雨ごとに草木が芽吹くスピードがアップしてきました。
長尾先生のこの本のエピローグ
「中庸を生きる、ということ」
僕は、近藤誠氏の悪口を言いたいわけではない。
間違った情報を鵜呑みにして後悔する患者さんを増やさないために、
本書を書いたまでだ。
そして同時に、がん治療に日々迷っていたり、
悩んでいたりする人すべてにこの本を届けたいと思う。
大病院の主治医に訊けない悩みというのは、
実はたくさんある。
あまりにも専門化しすぎたため、また、
数時間待たされた挙句、たった数分しか時間を取ってもらえなくて、
「こんなことを訊いたら嫌われるんじゃないか」
と患者さんの多くは委縮している。
「患者は黙って医師の言葉に従っていればいい」
というような空気に萎縮する場合もある。
逆に、医療者側も、個別の患者さんの状態を診るよりも前に、
「標準治療を勧めないと後から訴えられるかもしれない」と、
訴訟の不安に萎縮している場合もある。
そのぶん、在宅医であり、町医者として老若男女、
多種多様ながん患者さんを診ている僕のところに、
がん治療に関するあらゆる悩みや疑問がぶつけられる。
ガリガリに痩せて、あきらかに終末期に入っている人が、
「抗がん剤治療を続けるべきかどうか。
やめると死ぬよと主治医に脅かされた」と悩んでいる。
そんな患者さんには、ときには1時間以上かけて、
抗がん剤治療には延命と宿命の分水嶺があることを説明する。
また、本書で登場した女性記者のように、
「近藤誠氏の本を読んだからもうがん治療はやりたくない。
私の家族はがんではなく、がん治療に殺されたのではないか」
という相談を受けることもしばしばある。
まだ治る可能性があるにもかかわらずだ。
そのときには、近藤誠理論のどこに誤りがあるかを
懇切丁寧にお話させていただく。
それが僕の役割であり、また、僕に多くのことを教えてくださり、
育ててくださった過去のがん患者さん達への恩返しでもあると思う。
(岡山城)
長尾は一体、どっちの味方やねん!?
と思われる方もいるに違いない。
僕は、どっちの味方でもない。
悩める患者さんの側に立ちたいだけだ。
あくまで現場の視点から患者さんに勧めるべきこと、
勧められないことをつぶさに検証していくしかない。
物事を良い/悪いの二元論に落とし込むのは簡単である。
二元論で物事を考えれば、深く悩まずに済むから楽になる。
だけど、本当に選ぶべき道は、二元論ではなくて、中庸にある。
僕はずっと中庸論を言い続けてきた。
極論ばかりがまかり通る世の中で、
中庸論は目立たないけど、真実はそこにしかないから。
勘違いしている人も多いが、
中庸とは「間をとる」とか、「五分五分でいく」という意味とは、
実はちょっと違う。
物事を判断する際に、どちらにも偏らない、
ぶれない心の持ち方を示した言葉であると僕は思う。
どちらにも偏らないためには、
己の考えをしっかりと持たなければならないということでもある。
中庸でいこうと考えると、あらためて僕は、
近藤誠氏と似ているなあと思うところもある。
それは、がん医療が
患者さんを必要以上に苦しめている現状に対する怒りである。
一方、近藤氏と決定的に違うと感じるのは、
未来への展望だ。
(後略)
8年前に長尾先生が予告されていた「分子標的薬」や新薬のおかげで
わたしは生きています。
新しいお得情報もひと月ごとに入ってきています。
「闘う価値のあるがん」が
実際に存在することを知っておいてほしいです。
どうか後悔のない選択を。
では、また明日^^




