こんばんわ
早朝、日の出とともに車庫にいるツバメの声で目が覚めます。
「早くシャッターを開けて
」。
開けたら開けたで、窓の外の電線に停まり、
一日の業務連絡をするらしく、うるさい。
なんかね、ウジャッといるんです。
うちのツバメだけではないような気がします。
うちの電線が周辺のツバメの朝ミーティングの場所になっているような気がします。
今朝、うちの一番最初の巣の卵が孵化したようです。
毎年、人間に孵ったことを教えてくれるから、
大したもんだと感心しています。
その巣の下でラジオ体操をするわたしには無反応ですが、
マコが出てきたら、さあ大変。
大騒ぎで威嚇します。
孵化したらなおさらです。
ツバメの精一杯の抵抗も無視して微動だにもせず、
朝の瞑想にふけるマコ。
毎朝おおよそ10分はこのまま動きません。
マコの後ろ姿に、
読んでは忘れ、忘れるからまた読み返す本の内容を思い出しました。
確か、あの本です。
もし私が、私のために存在しているのでないとすれば、
だれが私のために存在するのであろうか。
もし私が、ただ私のためにだけ存在するのであれば、
私とはなにものであろうか。
もしいまを尊ばないならば――いつというときがあろうか。
「タルムード」 第一編「ミシュナ」より
エーリッヒ・フロム著/日高六郎訳『自由からの逃走』
の表紙をめくって一番に書いてある一節です。
今日やっと理解できたような気がしました。
では、また明日^^
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フロムは、個人が生きるその社会の姿を理解することなしに、
自由に生きることなどありえないと語る。
現代に生きる個人がその人生を充足させるためにはどう生きるべきか。
私がときどき振り返らなければならない重要なことが書いてあります。


