0葬 | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

こんばんわ星

 

 

 

田植えが始まろうとしているこの里山では、

ツバメの雛も間もなく孵化する予定で、

活気のある風景がやってきます。

 

 

このゴールデンウィークを挟んだ前後、

うちのカフェディパッセロには、

富士山NOや名古屋NO、神戸NO、姫路NO、

そして今日伊豆NOのお車と

あちこちからのお客さまにお越しいただきました。

 

 

先日の東京からの日帰り組のお客さまには、

その行動力のすばらしさに脱帽でございますお辞儀shokopon

 

 

 

 

今日わざわざ南箱根からお越しいただきましたのは、

新日本葬祭連盟の代表さま。

 

 

わたしの拙いブログを読んでくださり、

遠方より足をお運びいただきましたことに、

心から感謝申し上げます。

 

 

 

これまで人が亡くなれば、

遺族がたくさんの関係者を集めて葬儀をとり行い、

遺骨は先祖代々の墓に納めて供養するというのが、

一般的な葬送の形式でした。

 

 

しかし、昨今急激に、

人を葬ることについての考え方は、

変わってきているように思います。

 

 

何のために葬儀を営み、

墓を建てるのか。

 

 

そのことが特に

不明確になりつつあります。

 

 

背景にあるのは、

死を取り巻く環境の変化です。

 

 

1970年代は、

日本の年間死亡者数は70万人前後でした。

 

 

しかし高齢者の人口増加に伴って、

亡くなる人の数が急増し、

今では120万人を超えています。

 

 

2025年頃には、

160万人に達するとか。

 

 

膨大な数の死者が増え、

葬儀の数も増え、

お墓に対する需要も高まっていきます。

 

 

 

そうした中で、

さまざまな問題が起こっており、

それによって老後の先にある死後の不安が

増大していると聞いています。

 

 

斎場や火葬場が混雑し、

関東では葬儀を出すまでに1週間待ちは

あたりまえ。

 

 

読経は10分ほどで、

焼香は代表者だけがおこなうという20分葬儀

のような事態が起こっているといいます。

 

 

そして葬儀費用の全国平均は、

調査によれば189万円。

 

 

お墓の購入価格は、

永代使用料と墓石を合わせた費用の平均が、

約211万円。

 

 

あわせて軽く数百万円単位の出費を

覚悟しなければなりません。

 

 

長寿が実現されたことで、

ただでさえ老後にお金がかかるのに、

それだけの費用が用意できないという人も

少なくないでしょう。

 

 

これだけの費用と手間がかかるようになったのは、

実は最近のことで、

一昔前までの村社会では、

「葬式組」という葬送のすべてを取り仕切ってくれる

相互扶助の組織がありました。

 

 

遺族はこの「葬式組」にすべてを任せ、

共同墓地に土葬したとすれば、

埋葬の費用もかかりませんでした。

 

 

現代では、

「葬式組」もなければ、

共同墓地もない。

 

 

そのため死者が出れば葬儀会社に頼らざるを得ず、

お墓も自前で用意しなければなりません。

 

 

自然葬などTVなどでご存知の方は多いと思いますので、

そのあたりは省略しますが、

「葬式は、要らない」の著者・島田裕巳さんは、

自然葬の先にある究極の葬り方もある

と言及されています。

 

 

それが、「0葬」

 

 

0葬とは、

火葬したらそれで終わらせること。

 

 

遺骨の処理は火葬場に任せ、

それを引き取らない方法です。

 

 

わたしの住む西日本では、

部分収骨といって、

遺族は遺骨の一部だけを受け取って、

残りの骨は火葬場で処分されます。

 

 

遺骨を引き取らないということを聞けば、

「故人を粗末に扱っていることになるのではないか」、

「それでは単なる遺体処理になるのではないか」と、

抵抗感を持つ人もおられるでしょう。

 

 

でも、

遺骨が重視されるようになったのは、

火葬という慣習の広がりが生んだ新しい傾向です。

 

 

土葬の時代には、

基本は埋めたら終わり。

 

 

遺体は魂の抜け殻と考えられ、

供養の対象ではありませんでした。

 

 

それと同じで、

遺骨がないと故人を供養できないというものでも

ありません。

 

 

それは、お墓も同じです。

 

 

お墓があるから、

故人のことを思いだすのではありません。

 

 

思い出される人は、

どんな環境にあっても

思い出されるのだと思います。

 

 

 

だったら、

「立つ鳥跡を濁さず」で、

この世からすっきりお別れして、

ZEROになってしまったほうがいい。

 

 

・・・というのもひとつの考え方。

 

 

 

島田さんは、

自然葬や0葬を「あっさり死ぬ」運動だとおっしゃる。

 

 

そういう葬り方を受け入れられない方も

おられることでしょう。

 

 

でも、わたしもですね、

古い形にとらわれず、

自分なりの最期を迎える選択肢が広がっていることに

共感は覚えるのです。

 

 

さて、どんな逝き方をしましょうかね。

 

 

 

 

 

時代とともに寅は行く・・・

さんのお名刺の裏には、

「葬儀文化の発展に向けて。」

とありました。

 

 

ご活躍を美作の地より応援しています。

 

 

本日はありがとうございました。

どうぞご無事の御帰宅を。

 

 

 

では、また明日(*^.^*)

 

 

 

 

 

 

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