おはようございます
おとといに引き続き昨日も
にぎやかでお元気な女子のみなさんが
お誕生会をかねてカフェディパッセロに
遠方よりお越しくださいました。
湯郷温泉の雛めぐりをされて
無事にお帰りになったでしょうか(^◇^)
わたしがこの里山に住むようになった10年前から
数年は毎年2月に咲いていたスイセンも、
ここ数年は3~4月に咲くようになりました。
黄色いお花は
わたしにとっては幸福の象徴のように思えます。
「幸福」とはどういう状態を言うのでしょうか。
近代になるまでは、
飢えや寒さ、重労働といった苦痛から
開放されることが幸福でしたと。
そして18世紀半ば、
産業革命によって科学技術が発展すると、
年を追うごとに人々の暮らしはよくなって行きましたね。
この時代の人が目指したのは、
「最大多数の最大幸福」。
つまり、多くの人がしあわせを感じられる社会を
創ることが個人の幸福につながるというものでした。
(功利主義だと社会科で習いました)
やがて20世紀後半になると、
先進国では飢える人が無くなり、
工業や農業分野では重労働から解放され、
多くの人が暖かい家に住み、
手厚い医療を受けられるようになりました。
「最大多数の最大幸福」が
ほぼ実現されたのです。
そして人は次に、
夢や目標など自分の好きなものを
追求し始めました。
いわゆる自己実現です。
こうした個人のしあわせを重視する思想を
選好充足功利主義というらしいのですが、
覚えにくいので「好き好き至上主義」
と呼んでいる方がおられます。
実際、スポーツや芸術の世界では、
好きなことに打ち込み、
世界的に名を上げた人の生き方が取り上げられます。
子ども向けの職業選びの本では、
「○○が好きな人は△△の仕事が向いている」
と指南しています。
自己実現にばかり向いている人の特徴として、
物事を「好悪」で判断するという傾向があるらしい。
自分の好きなことばかり行うのは、
つまり嫌いなものを排除すること。
「自分の好きな道を進んだり、
好きなように生きて何が悪い」
と思う人もいるでしょう。
ですが、スポーツや芸術を極めた人は特例であり、
そうした才能や能力のない大多数の人たちは、
好きなことばかりやって幸せになれるのでしょうか。
そもそも好きなことを
職業にすること自体が考えもの。
自分の好きなことをやったところで、
他人はそれにお金は払ってくれません。
他人の好きなことをやって初めて、
お金をもらえるのではないでしょうか。
「先生の研究はおもしろいから、
ぜひ研究室に入れて欲しい」
と熱心に言って来る学生が居た。
しかしそういう学生の多くは、
ちょっと研究をかじって、
少しでも「おもしろくない」面が出てくると、
すぐに別の研究室に移っていった。
企業でも新卒社員の3割が3年以内に
辞めていくという。
そもそも社会は自分の好きなものだけで
できているわけではない。
自分の性格にも嫌な面があるが、
嫌いなものとつき合おうと努力することで、
人格が磨かれ、人としての幅が出てきて、
人間的魅力が増すのではないだろうか。
これではいけないと思いながら反省する毎日を送りながらも、
これではいけないと、
尊敬するブロガーさんと同じように朝4時半に起き、
両手振り運動をし、
四股を踏みながら深呼吸をポストの前で繰り返し、
読書しブログを更新し、
おばあちゃんの介護パンツの中身を換え、
カフェディパッセロの掃除をし、
桜の木の下の草を抜き、
お客さまを見送ったあと、
娘にお米を送りに行き、
おばあちゃんの介護パンツを買いに行き、
見守り隊の任務に就いたころには、
Aさんの施設内の愚痴を聞きながら、
Aさんの愚痴が長いので居眠りしたりなんかしました
同情されて、
わたしの口に飴を放り込まれました
Aさん88歳、老いてますますお元気
「好きなものだけに囲まれていると、人は幸せになれない」
笑いながらこの言葉を贈って施設を後にしました。
では、また明日(*^.^*)
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著者の答えは、ほぼ「変わらない」 なぜなら・・・。
私たちは、友だち選びや進学・就職など、
何かを選択する際、
「好き」か「嫌い」かを重要な判断基準にしています。
しかし、苦手な人を避けていると交友範囲が狭くなり、
好きな仕事に就いたからといって、
能力が生かせるとは限りませんね。
東京大学理学部生物学科卒業後、
・・・・・・・・・
最後に東京工業大学教授を定年後、
2014年から全国の小学校で出前授業をされている70歳。
(私の好きな「ナマコ」の研究をされています♡)

