里山でジャズを聴くことのお世話をされていらっしゃることに
賛同いたしまして、
カフェディパッセロをオープンしたことですし、
広告を掲載させていただきまして、
協力させていただきました。
そういう協力ができる立場になったことを、
とてもしあわせに感じています。
わたしはおしゃべりが嫌いかというと、
そうではありません。
人の話を聞くことも好きですし、
会話をすることを好んでもいます。
(孤独な時間も大好きですが)
一口に話すといっても、
人はいろいろなことを話しますね。
天気の話から、テレビの話、スポーツや映画、
特に女子は最近できた美味しいお店の話には
余念がありません。
人の話の内容は、
多岐にわたっているということです。
会話には、
口数という軸もあります。
多く話すからといっていいことはありません。
少ない言葉で、
内容の濃い、興味深いことを話す方もおられます。
要するに、本音か建て前か、
おしゃべりか無口かは、
会話の快楽には意外と関係ないということが
言えると思ったことありませんか。
わたしは自分でこの話は聞き流している
という種類の話題があります。
それは、
「自分自身をこう見てほしい」
というようなアピールを含んだ
その人自身のお話です。
「自慢話」だったり、
「自分語り」という種類のもの。
わたしは、こういうお話は
聴いているふりをして、
耳はちくわになっています。
「その人自身のお話」をするのは
とっても結構なことです。
誰かに自分について説明してもらうことは、
他者という人を知る最も大きな手段のひとつですからね。
足したり引いたりして、
多少なりとも脚色があるでしょうし、
建て前でも本音でも、
その場が和んだり盛り上がったり、
そういう雰囲気になればいいと思います。
辛いお話は、
自分が面接官になったような気分になるお話です。
安易に売り込みをかけてくるようなケースです。
こちらが精神的に接待をしなくちゃならない。
普通の会話の中に、
不意に現れるからやっかいです。
わかりやすいものでは、
単なる世間話を、
自分自身の人生哲学の話にすり替えたり、
誰かの軽い冗談を
猛烈にたしなめたりすることによって現れます。
ごくごく和んだ会話で楽しんでいるときに、
「自分をこのように見てほしい」
という願望を持ち込むことは、
正直しらけます。
自分が自分の人生の主人公であることは、
当然です。
人間は、
親切な人だと思われたければ親切に、
キレイな人だと思われたければ身ぎれいに、
楽しい人だと思われたければ、
表情や声のトーンに気を配ります。
結構手のかかることをしている人もいますよね。
そういう手間を惜しんで、
手に入れた評価なんて
すぐにはかなく忘れ去られると思うのですが・・・。
あっ、誤解しないでくださいね。
お店にお越しになる方は、
今まで飾らない会話を楽しめる
ステキなゲストさんばかりです![]()


