わたしがどこかで知ったうる覚えによると、世界で初めてのお葬式は、
1950年代のわたしが誕生したころ、
イラクのシャンニダール洞窟から、6万年前のネアンデルタール人のものと
思われる人骨が発見され、その人骨のまわりから、それはそれは
おびただしい数の『花粉』が発見されたことから、学者さんが決定づけられたらしい。
ネアンデルタール人は、いっしょに住んでいた仲間の死を悼み、
花を飾った人類で最初のお方らしい・・・と発表されてました。
昨今のお葬式でも、祭壇には花を飾り、出棺間際には、棺の中に、たくさんの
花を入れて、見送ります。
いくら科学が発達しても、死を悼み、この世から去りゆく者との決別に花を
添える・・・。
時代が進化しても、人間の心は変わらないのが人間なのかもしれませんね。
では、なぜ、人はお葬式をあげるのでしょうか?
わたしが学習したところによると、次の4っつの観点からです。
その1) 心理的
死とは不条理なもので、受け入れがたいものだが、どこかで決別しなけ
ればならないという区切りの儀式。
その2) 宗教的
死者の霊をなぐさめる意味の儀式として。
その3) 物理的
ご遺体を火葬(まだ、一部の地方では土葬も許可されています)すること
で、視覚的に去りゆく者との決別をする。
その4) 社会的
死亡届を出す、相続手続きや、年金を止めるなどの行政の手続きに
よって、生きていた者を社会の中から消え去ったーという手続きをする。
ま、こんな事務的なことを書いていても、みなさんがホントにお知りになりたい
ことではございませんわね。
わたしは、葬儀屋で、様々な人間模様を見て参りましたが、やはり現代の
葬儀は、残った遺族の見栄の張り合いだとつくづく思いました。
わたしは、神棚にも、お仏壇にも炊き立てのご飯をお供えしますし、榊や、
花枝を絶やさない・・・という所作をさぼることはございませんが、
実は無神論者で、人間は亡くなると、生きている間の睡眠状態になることだと
考えております。
亡くなった方は、祭壇に花がどれだけ飾られているか、誰が葬儀にきているか
なんてことわからないと思っています。
葬儀を豪華にするのは、まさに親族の会葬者に対する世間体=見栄です。
長くなりますので、つづきはまたの機会にしたいと思います。
ま、みなさん、悔いのない人生を日々過ごしましょうね。
書きながら、自分に言い聞かせております
晴れの国岡山も、梅雨には逆らえない。
雲行きが怪しい・・・。
明日は、また雨が降りますね。
カッパ着て、農作業ですわ。
