トラックとすもうをとった | ふーちゃんのブログ

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私のブログは、離れて暮らす子どもたちと孫たちに向けて書いています。

4年前の今日、わたしは、人生で初めて、人身事故を経験しましたガーン


関西での仕事では、ほぼ毎日車に乗り、


第二神明、阪神高速、大阪環状線、近畿道、舞鶴道、中国縦貫道、山陽道、

東名阪、西名阪・・・ま、近畿全域を走っておりました車


ですが、もらい事故でも、自分がポコっと当ててしまった軽微な事故は


経験しましたが、救急車を呼ぶほどの事故は、ま、ございませんでした。


それが、この田舎のド田舎のド真ん中で、トラックとすもうをとるなんてあせる


まさに、青天の霹靂っていうやつですドクロ


望まぬ田舎に帰ってきて、わたしは、悶々としておりました。


失業保険をもらいながら、知人の会社を手伝って、


とにかく、まだ当時は、今よりはずいぶん元気な義父母と、


いさかいを起こさぬように、外に出ておりました。


2009年の10月15日の午前9時前、我が家から走ること500m。


前方に、4tトラックが4台走ってくるのが、見えます目


当時、県道美岡線の工事と、この近くの下水道工事で、


毎日、何台ものトラックが走っておりました。


すれ違うには細い農道です。


謙虚なわたしは、路側帯に停車して、トラックが通り過ぎるのを


待っておりました。


トラックって、それだけで、威圧感あるじゃあないですかあ゛ぁ゛っ


1台めは、プって、合図して「ありがとさん。」って通り過ぎました。


さて、2台目のトラック汗汗汗あろうことか、軽四のわたしに


カーブを回りながら、右正面に近づいてきます。


「はぁ~~~~叫び叫び叫び叫び叫び



「あ、あ、あ、当たる~ゾゾゾ


ガッシャ~ンじぇじぇ


当たっています叫びあせる


それでも運転手、わたしに気づかずエンジンをふかしています。


薬物中毒者か、飲酒運転者かと思いました。


このまま押し続けられると、わたしは、私の背丈ほど下の


田んぼの中へ、落下しますドクロ


一生懸命、落とされないようにエンジンを吹かしましたDASH!


もちろん、窓を開けて、


「止めて~ビックリマークだの、


「おまえ、殺す気か~!!だの、散々叫んだ記憶があります。


何秒だったんでしょうか?


わたしは、押し続けるトラックと格闘しながら、


・娘にもうすぐ第一子が生まれるから、世話をしなければ



 ならない事。



・おじいちゃんの検診日が明日やから、連れて行かねば・・・。



・わたしが死んだら、旦那には介護は無理だわ・・・。

                            ・・・etc.


即座に決断しましたゴルゴ?


「この高さなら、骨折しても、死にはしない。」


で・・・・、自ら、バックギアに入れて、田んぼに落ちましたダウン


軽四は、田んぼの中で、横転しています。


当然、わたしも寝転んでおります。


口の中は、血みどろです。


でも、わたしは、骨折はしていないと、この時思いました。



トラック4台の運転手が、救出してくれて、


わたしは、生きておりました。


ド田舎のここに、何でこれだけの人だかり?


わたしの、鳴らし続けたクラクションに驚いて、


民家の方や、工事現場のオッチャン達がわたしを取り囲んで


おりました。




長くなります、この日からわたしは、己の命の尊厳をかけて


2年に渡る裁判を闘うことになりました。


わたしが、原告。


闘う相手は、建設会社の社長と、その運転手です。





わたしは、騙されているとわかっていても、


その人の生活を思うとき、寄付のつもりで、


物を買ってあげる人間であります。


でも、わたしの尊厳性を傷つける人間に対しては、


徹底的に闘う人間でもございます。





きっと、みなさんの今後のご参考になると信じて、続きはまた


裁判記録を読みながら、書きます。



                  ってことで、次回につづく・・・





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