こんにちは。大竹です。
先日、実家の父母と妹宅で会いました。みんなで談笑していると、父がこんなひと言を発しました。
「ありがとうの反対語ってな~んだ?」
父が言ったひと言に、私は考え込んでしまいました。普段ありがとうと言われる文章のことを書いているくせに、すぐに答えが出ません。
そんな私を見て父が「これはひろこが昔ブログに書いてたことだよ」と言います。え?そうだっけ?自分が書いた記事を忘れていることもショックですが、質問の答えが出ない自分にもショックです。
考えても考えても答えがわかりません。私以外のみんなもわからない様子。そこでやっと父が答えを口にします。
「正解は、『あたりまえ』」
う~ん、なるほど。何でもあたりまえと思ってしまえばそこに感謝の気持ちは生まれない。逆にあたりまえのことでも「こうしてくれてるんだ」と思えば感謝の気持ちが生まれる。
ありがとうと言われる文章には、相手の言うことをあたりまえと思わない、感謝の気持ちがこめられているんですね。
この記事ではそれを無意識で実践している人のことを書きました。
今改めて、この友達の素晴らしさを実感します。
先日、実家の父母と妹宅で会いました。みんなで談笑していると、父がこんなひと言を発しました。
「ありがとうの反対語ってな~んだ?」
父が言ったひと言に、私は考え込んでしまいました。普段ありがとうと言われる文章のことを書いているくせに、すぐに答えが出ません。
そんな私を見て父が「これはひろこが昔ブログに書いてたことだよ」と言います。え?そうだっけ?自分が書いた記事を忘れていることもショックですが、質問の答えが出ない自分にもショックです。
考えても考えても答えがわかりません。私以外のみんなもわからない様子。そこでやっと父が答えを口にします。
「正解は、『あたりまえ』」
う~ん、なるほど。何でもあたりまえと思ってしまえばそこに感謝の気持ちは生まれない。逆にあたりまえのことでも「こうしてくれてるんだ」と思えば感謝の気持ちが生まれる。
ありがとうと言われる文章には、相手の言うことをあたりまえと思わない、感謝の気持ちがこめられているんですね。
この記事ではそれを無意識で実践している人のことを書きました。
今改めて、この友達の素晴らしさを実感します。