「ネット環境があれば十分。
田舎に引きこもって1人で生きたい」
私はこの言葉を聞くたびに、
【全然1人で生きてないじゃん】
って、思ってきました。
だって、
ネット環境はなぜそこにあるの?
電力会社が電波飛ばしてくれてるからじゃない?
ネット環境を享受できる
スマホは誰が作ったの?
スマホもどこで買った?
宅配サービスがあればって言うけど、
宅配してくれる人がいるよね?
「1人で暮らすこと」について、
たくさんの人が関わっていることを忘れて
"1人で生きている"って表現するの、
すっっっっっごく視野が狭くない?
本当の意味で1人で生きるってのは、
仙人みたいに山奥に引っ込んで
着る物も襤褸か裸で、
霞を食べて生きることを言うんじゃない?
だけど、
それだって本当の意味で
1人で生きてるのかな?
引きこもれる山があって、
着る物を作る植物があって、
霞を作る水がある。
それは、
1人じゃやっぱり生きていけない
ということの証拠じゃないのだろうか。
1人で生きていけないのと同じように、
人は、1人じゃ生まれて来れない。
男がいて、女がいて、
卵子と精子が出会って初めて、
1人の人間が生まれる。
自分が今、
ここに存在していること。
それは、3億分の1の奇跡。
今ここの"私"にたどり着くまでに、
たくさんの命が出会い、繋がり、
紡いできたから、
"今ここの私"がいるんだよ。
私の友人にはしばしば厨二病がいて、
(類は友を呼ぶ……笑)
彼女ら(彼ら)は口を揃えて言う。
「自分なんかいなくても
自分なんかいなくなっても、
世界は何も変わらない」
そんなわけがない。
あなたがいるから、
今の世界の形があるんだよ。
あなたがいるから、
私はあなたと関わる人生を生きてるんだよ。
あなたが生まれた瞬間から、
今の世界の形になったんだよ。
あなたがもしもいなかったなら、
世界は今の形をしていなかった。
あなたがもしもいなかったなら、
私はあなたと出会う人生を送らなかった。
あなたがもしもいなかったなら、
今の私はいないんだよ。
だからどうか、
「自分がいなくても世界は変わらない」
なんて、悲しいことを言わないで。
結果的にあなたと私が手を取り合うのか、
それとも仲違いをするのかは分からないけど、
あなたがいたから、
今の私がいるんだよ。
良くも悪くも、
あなたがいなきゃ
今の私にならなかったんだよ。
だから、
生まれて来てくれて、
ありがとう。
わたしと出会ってくれて、
ありがとう。
全ての出会いに、
私はそう言いたい。
上に書いたことは、
ずっと……中学生くらいから
私がずっと友人に言い続けて来たことです。
すっかり忘れていたのですが、
舞さんのブログを読んで、
久しぶりに思い出しました。
だって、できるって思ったんだもん…
どうせ私が死んでも、
誰の人生も変わらない。
舞さん自身の気づきの過程で
これらのように思っていた、
という言葉を読んで、
私は一番の親友が
同じことを言った時のことを
フラッシュバックのように
思い出したのでした。
その時の私は、
とても悲しくて寂しかった。
そんなこと言わないで。
あなたと出会えて私がどんなに
日々を楽しく過ごせるようになったのか、
どうしたらあなたに伝わるだろう。
結果的には、
絶交してしまった親友だけど……
彼女がいなかったら、
本当に今の私はいないのです。
怒ってばかりで、
「人の気持ちを考えて発言するように」
と通信簿に書かれた黒歴史の小学4年生時代。
6年生になる頃には
「人を気遣える子」
と通信簿に書かれるようになった。
それは、5年生の時に親友と出会い、
笑顔と人を気遣う余裕を手に入れたから。
仲直りをする機会を逸してしまって、
風の噂であなたが大変な時に
力になれなかったことを悔やんだよ。
大人になってからできた
妹のように思っていた友人の訃報を聞いた時、
心に空いたなんとも言えない空虚な穴は、
時とともに薄らいで来たけれど、
決して忘れることはできないし、
忘れたいとも思わないんだよ。
自分が死んでも誰も困らないとか、
自分が死んでも世界は変わらないとか、
そんな悲しいことを言わないで。
誰かが死んだら、誰かが悲しむ。
誰かが死んだら、世界は変わるの。
人は1人で生まれて来られないし、
人は1人で生きていけない。
1人で生きているようで、
実はたくさんの人たちと関わって
生きていることに気付いて欲しい。
私とあなたが
言葉を交わそうが交わさまいが、
知り合いになろうがならまいが、
"あなたが今ここに存在していること"が、
世界に影響を及ぼしているのだということを
どうか知って欲しい。
あなたが今ここにいることは、
3億分の1の奇跡なんだよ。
その奇跡で今ここにいる事実だけで、
愛されて生まれて来たことを信じて欲しい。
愛してないなら
十月十日も守れやしないよ。
少なくとも、
あなたのお母さんの人生は
あなたを孕んだその時から激変したはず。
あなたにとって
いい親だったかそうじゃないかは関係なく、
あなたがこの世に生まれると決めた時に
あなたのお陰でご両親は親になった。
女から母へ、男から父へ。
妻から母へ、夫から父へ。
夫に顔が変わった、と言われたのですが…どうでしょう?
舞さんのブログで印象的な言葉が
もう一つあります。
全てを失うことよりも
人と関わることの方が怖い。
私も同じ設定、
持ってるなぁ![]()
人のことが大好きで、
同時に大嫌いで、
だけどどうしようもなく
人と関わって生きていたい。
同じ人脈の星(正財)を
月柱に持っているからでしょうか。
だからこそ、
人と関わって、思いを共有して、
分かり合えた・分かち合えた時の喜びが
とってもとっても尊くて大切なものになる。
これを特に実感するのが、
息子との意思疎通。
生まれたばかりの息子が今、
私たちと意思疎通する為の手段は
「泣く」一択。
どうしたらいいか分からなくて、
私も泣きたくなることがあります。
その度に
不甲斐ない自分が申し訳なくて、
「ごめんね」と言い、
私からしたら頑張ってくれた息子に
「ありがとう」と言い、
私に全てを委ねて眠る息子の姿があり、
それはもう嬉しくて幸せで、
「私の子どもに生まれて来てくれて
ありがとう」と言っています。
新生児という最もピュアな魂と触れ合って、
私の中の思い込みや完璧主義なクセが
どんどん軌道修正されていくのを感じています。
両親に対しても、
"万年反抗期な娘の私"から
"母になった娘の私"へ変化し、
(「万年反抗期」はまだ付くかも?笑)
私が息子へ向ける愛に気付くたび、
私も両親からこんな風に愛されていたんだと、
母になったけれど娘であることは変わらずに
同じように愛してくれているのだと気付きます。
過干渉気味なところが煩わしかったけれど、
それが母の愛し方なのだと、
命式を眺めて気が付きます。
冷静にこうして分析できるのも、
気付いて感謝をできるのも、
舞さんの明鏡天命のお陰様です。
/
そんな気づきと学びの連続である
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占いというのは、
明鏡天命というのは、
自分と向き合い、他人と向き合い、
自分の人生を創造していく為の
思考哲学だと改めて思います。
迷っているなら、
一度扉を叩いてみて欲しいです。
今までと違う景色が
そこに広がっていると思うから。
なんだかまとまりがないですが
最後に……
ご縁が切れた親友よ、
この世を儚んだ友人よ、
あなたたちと出会って変わった私は、
あなたたちが今幸せであることを
心から祈っているよ。
どうかあなたが今日も
笑顔で過ごせていますように。
どうか、
穏やかな心で過ごせていますように。
この世の全てのご縁に、
どうもありがとう。
龍石望


