
皆さんのところは大丈夫でしたか?
こんにちは

癒し系 全肯定!心理カウンセラー &
(自称)人気イラストレーター の
水沢桔梗(ききょう)です
昨日の記事で、世代間連鎖について
説明させていただいたのですが
更に分かりやすくするため
うちの不幸の世代間連鎖を例に
まずは、
母の子ども時代を書いてみたいと思います
私の母は、母が3歳の頃に祖母(母の母親)が
家を出て行ったため、父子家庭で育ちました
つまり
今でいう、機能不全家族です
母が直接祖父から聞いた話では
祖母が家から出て行った時、
母が泣き叫ぶと思っていたのだけど
全く泣かなかったのだそうです
これに関しては
もしかしたら祖父が気づかなかっただけで
影で泣いていたのかもしれないけれど
母自身が覚えていないため、
事実そうだったのかは分かりません
でも、
もし本当に泣かなかったのだとしても
まったく平気だった
なんてことはなかったと思うのです
3歳と言えば、まだまだ母親に甘えたい時期
なのに、突然母親が家を出て行ってしまったら・・・
幼いながらも、母親がいなくなってしまった現実を
無理矢理受け入れたのかもしれません・・・
私の祖父は、工場の社長さんだったので
経済的には、かなり裕福だったようです
しかし、母が小学一年生の頃は
まだお手伝いさんも雇っていなかったらしく
母は自分でお弁当箱にご飯を詰めて
持って行ってたらしいんです
ある時、担任の先生が母のお弁当を見るなり
「あら~、○○さん(母)のお弁当には
ご飯と梅干しか入ってないのねぇ(笑)」
と言ったそうで、恥ずかしい思いをしたそうです
まぁ・・・この担任は教師は失格ですな(笑)
運動会の時は、
もちろん忙しい祖父が来れるはずもなく
母は学校の校門でひとり、
お手伝いさんがお弁当を持ってきてくれるのを
待っていたのだそうです

たぶん、
とても不安で寂しく思っていたんだろうな・・・と思います
中学生の頃は、
近所の仲良くしてた男の子から、
お正月に
「昨年はお世話になりました
今年もよろしくお願いします」
と年賀状が届いたのを見るなり
「お前は何を世話したんだ!」
とかなり激怒されたそうです・・・
いやいやいやいやいや・・・
それ、社交辞令でしょ・・・苦笑
そんな、社交辞令も通じない
明治生まれの超厳格な祖父を父親に持った母は
必要以上に厳しく育てられたそうです
まず、漫画を読むことは許されず
成長期の頃には
「胸なんか大きくなったら
承知しないからな!」
と理不尽なことを言われたり
高校受験の時は
「もし○○(高校)に落ちたら
お前は尼寺行きだからな!」
と脅され、必死で勉強し
高校に入ってからは、
学校からの帰宅時間が少しでも遅いと
家に帰るなり叩かれたり・・・
そして、
親戚との間で起きたあるトラブルにより、
母の心は更に傷つくことになったようです
続きは次回に


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