2025年7月
施主になった。
と言っても、家を建てる(建てた)わけではない。
10年以上介護施設に入っていた母方の祖母が98歳で亡くなった。
去年の11月に、早くて2週間、年は越せないだろうという余命宣告を受け、そのときに葬儀会社何社かに見積もりを依頼し、1社と契約。
が、するっと年を越し、春先には(寝たきりから)座って食事ができるまで回復。
亡くなる少し前に、葬儀社からその後いかがか?という電話がかかってきて、あれからめちゃくちゃ回復しちゃったので、お世話になるのはまだ先かも、という返答を母がしたばかりだったのだけど…。
自分でも薄情だとは思うが、98歳なので大往生だと思うし、年に1回くらい会うだけだったし、介護施設に入ってからはほぼ会っていなかったので悲しいという気持ちはあまりなく、目の前の事務仕事(←葬儀関係)を処理するのがただただ大変だった。
本来であれば、葬儀を取り仕切るのは私ではない。
祖母の長男であり母の弟である叔父が取り仕切るのが一般的だと思う。
長年、介護施設に入居していたとはいえ、叔父と祖母は二世帯住宅で同じ土地の上に暮らしていたわけだし(=母の実家。母の結婚後、叔父が結婚する際に二世帯に建て直した)、祖母と同じ苗字なのは叔父しかいない。
叔父には既婚の娘が2人いる(=私のいとこ)。長年(玄関から別々の完全二世帯住居だったとしても)一緒に暮らしてきたし、2人とも結婚前の苗字は祖母と同じだ。
が、祖母と叔母(=叔父の妻)が致命的に険悪だった。
だから、いとこたちも同じ家(二世帯だけど)に住んでいながら、没交渉だったっぽい。
母は叔母やいとこたちが悪いと祖母の肩を持つようなことを昔から言っていたが、私から見たら祖母は相当偏屈で、叔母やいとこたちへの接し方は非常に悪かったと想像している(だから私は年始の挨拶くらいしか寄り付かなかったんだけど)。
百歩譲って叔父でないのなら母だろう。
母は80歳近い立派な高齢者、叔父も母の2歳下。
葬儀社との打ち合わせもおぼつかない。
結局、私が取り仕切ることになった。
母は施主をやるなら喪主もやってと私に言ってきたが、丁重にお断りした。
祖母だって、10年以上会ってない孫に喪主をやられるより自分の子どもの方がよいだろう。
亡くなった直後から怒涛の作業が発生。
人って死ぬだけじゃすまないんだなとしみじみ思った。
余談ではあるが、5月に歯科医院で食いしばりの治療のためボトックス注射を打った。
就寝時の食いしばりがどれくらい低減したのかは自分ではわからないので食いしばりが軽くなったという実感は正直ないのだけど、なんとあれぼど頻繁におきてた頭痛がまったくなくなった!頻繁に起きるだけでなくときには頭痛で吐くほどだったのだけど、それが皆無。だから食いしばりがなくなったという感覚はないのだけど、私の頭痛の原因はほぼ食いしばりだったというのは実感した(頭痛外来まで行ったのに、そのときは頭痛の原因で食いしばりは出てこなかったのよね…)。
が、祖母の葬儀関連で、また頭痛が起こるように。毎朝目が覚めると頭が痛い。
私の頭痛の原因は食いしばりだけでなくストレスも一因なのか、それともストレスのせいでボトックスの威力を打ち破るほど食いしばっているのか…。
何はともあれ、葬儀を行なうというのはストレスだ。
死亡証明書をもらうために、介護施設に行った際、祖母の部屋からお棺に入れるために持って帰って来た写真↓
若かりし祖母に抱かれている赤ちゃんはどこからどう見ても私なんだけど、裏を見るとうちの娘(祖母から見たらひ孫)の名前が書いてある。
無職の自宅警備員時代に娘は母に連れられて結構な頻度で介護施設に行っていたので、祖母の中では、初孫(私)ひ孫(娘)がごっちゃになってしまっていたんだろう。(娘は積極的に行きたいわけではなかったのだけど、母がひいおばあちゃん孝行だからと言って連れて行った。この行為(他にもいろいろあるんだけど)は他人(ひ孫だけど)を使って親孝行をしているみたいで私は快く思っていない。)
まあ、まったく訪問しなかったので、私の名前なんぞ憶えているわけはないんだけど。
(おそろしいことに、この写真の祖母は今の私より10歳ちかく若い…。)
介護施設の祖母の部屋には、祖母が書いた日記というかメモが何十冊も残されており、持ち帰ったり(形見として手元に置いておく)、お棺に入れたりしないのかと母に確認すると、(コロナ禍以外は)あんなに頻繁に訪問していたのに、ノートには「誰も訪ねてきてくれない」とぐちぐち書いてあって、頭に来るから持って帰らないしお棺に入れないとのこと。うちの娘(=ひ孫)まで連れてせっせと通っても、覚えてないどころか誰も来てくれないと職員の人にも愚痴りまくっていたそうだ。
祖母は痴呆が出る前は、自分の葬儀や死後についてちゃんと書いてあるから、迷惑はかけないと言っていたそうだが、準備していたのは20年以上前で、そのころは今のように市販のエンディングノートが販売されてたりエンディングノートの書き方がネットで調べられるような時代ではなかったため、祖母の用意していたものが雑というか足らな過ぎて、結構、困った。(自分で戒名を用意していたんだけど、どこのお寺でいただいたのか記録がなく、お坊さんが達筆すぎて、一部の漢字が見たこともない字で異体字なのかお坊さんのくせ字なのかもわからないとか…。)
母は私に全部任せると言ったのに、あとからあれもこれもと言い出すので、1回めっちゃ切れたら、娘に「せめてお葬式が終わるまではグランマにやさしくしてあげなよ。実の母親が死んで悲しんるんだから、ママが切れたらグランマ、精神的にもっと参っちゃうよ」と言われた。
娘の方が大人である(だからと言って手伝ってくれるわけではないし、私も娘に手伝ってもらうつもりはないんだけど)。
諸事情(主に予算)の関係で、祖母は神奈川県某市(横浜市ではない)の介護施設に入居していたんだけど、その市でも火葬場の空きなかなかなく、東京だともっと空いてないということだった。
東京は人口が多いということは死ぬ人も多いということだ。
葬儀はいろいろあれこれ追加して、去年の11月の打合せで出た見積もりより+○十万。
地獄の沙汰も金次第ってこういうことをいうんだろうなぁと思った。
それでもお金さえ払えば、全部葬儀社の人がやってくれるので、ありがたい(葬儀社があれだけシステマティックにてきぱきと進めてくれても遺族がやることは山ほどあるのが不思議)。
お墓のこととか、相続のこととか、まだまだ問題は山積み。
今回、お葬式がどんなに大変だかわかったので、うちの両親にはボケる前にちゃんと準備をしてほしいと切に願ってる。
が、うちの両親の性格からすると、今回、祖母のお葬式でだいたいの流れは分かったから、二度目(パパとママのとき)は余裕でできるわねと思って何も準備しなさそうでこわい。
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澎湖と台北の旅行記は、もう少ししたら再開します。
