本来、私は『 なまくら 』を絵に描いたような生活をしている。
ちょっとそこのコンビニさえも歩いたこともなければ、家に自転車が
あるのを知りながらでも車で行くし、40代という色々な意味での
曲がり角と言われる時期に突入したことを十分に自覚しながらも、
人がストレッチした方がいいよとか、足腰を最低限には鍛錬して
置いた方がいいとか、ダイエットにも代謝を上げるにも運動って
効果もあるし得るものも大きいよ……と、様々なご忠告を頂いても
聞く耳も持たなければ、うっとうしいの一言に尽きていた。


そんな私が、誰に言われた訳でもなければ、何かからの強制でもなく
やらなくちゃ!という義務感でもなく、ただなんとなく興味本位の
ようなもので、行きと帰りの一日一往復の道のりを当たり前のように
使っていた車から自転車に変えた。
最初の日は、自分のことだから僅か行っては嫌になって引き返す
かもしれないとか、もし行けたとしても日常ほとんど運動ということを
してこなかった自分は、どれだけの時間がかかるか分からないと
思って、人が言う平均所要時間の倍の時間を用意して、
とりあえずやってみて、嫌になったらすぐに辞めればいいわ……
ものの試しと面白半分の経験にぐらいでいいや……
そんな軽いノリだったし、確かに外はポカポカ陽気になったとは言え
それでも途中で嫌になるだろうし、続く訳もないと高を括っていたのだ。
そして初日……。
みんなは、どんなにゆっくりだとしても20分程だろうと言ったが、
ざっくりと30分かかり到着した。
でもこの日は、自転車に乗るという行為自体が何十年ぶりだったのと
すっかり忘れていた自転車の目線だったり景色だったり、体感する
風や音が物珍しくて、何もかもが興味深々だったのだ。


しかし、この日の帰り。やっぱり行きは良い良い・帰りは恐いだ。
疲れ果てた後の帰り道、力すらいらずアクセルをちょっと踏みさえ
すれば自動的に何の労力も使わずに、家に着くというのとは
訳が違う。来た時の楽しさもワクワク感も全くなく、疲労が倍増する
だけで、ただただ辞めとけば良かったと後悔しかなく、実際に家に
向かって走り出すと、すぐに嫌でたまらなくて仕方なかった。
けど、そうは言っても乗ってきた自転車が母のである以上
放置しておくことも出来なければ、歩いて帰る訳にもいかなけりゃ
それがどうしても嫌なら、タクシーで帰宅という選択肢しかない。
それって、馬鹿ばかしいにも程あるしな……。
その思いだけで本当に必死にペダルをこぎ続けて帰宅した。
いつもならこの日を最後に、もう二度と自転車なんかには乗らない
ことを間違いなく選んだだろう。にも関わらず、次の日も……
そのまた次の日も、何故かしら私は、自転車通いを続けている。


気がつけば一週間を超えていた。
何がこんなに私を突き動かしているのか?
それは、ただ風を感じれるという、たったそれだけの理由だ。
行きの穏やかで優しい陽射しを体中で感じながら、昼下がりの
街中の音に耳を傾け、その中を行き回いすべてを包含しながら
流れていく風を感じる。そして、感じることで気づけば自分も
その風と一体になっている。……帰りも同じ。
昼間とは打って変わって、行きかう人も車もまばらな中で、
日中とは真逆の静寂の中を、昼間の時とこれまた同じように
そのすべての静寂を包含しながら、今度は夜風となって
冷ややかさ伴ってただその風も流れていき、またそれを感じる。
ただそれだけだった。


肉体のリアルな疲労という苦痛と、風になるというマインドの
心地よさの共存に酔いしれているのかもしれない。
でも、たったひとつ言えるのは、この何十年間 私の中には
全くなかったフィーリングだ。
んー、これならもう少し味わってみてもいいかな?
そんな思いが、一昨日も昨日も今日も湧き上がってきたという
だけで、気づいたら一週間以上という時間が流れていただけの
ことだった。
それでも、いつまで続くのか分かりはしないが、自分の思いのまま
身を任せてみようと思う。
留まらないこと……委ねる……無理強いではなく流れのままに
当たり前のように、せせらぎが上から下へと流れるように……
それを身体というアンテナでリアリティの上で感じているのだと思う

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