この世界に存在するすべてのもので永遠に在るものも変わらずに
存在するものなんて、何一つありえない。
物は、いつかは壊れ形が失われ、人は生まれた瞬間から
死に向かいやがては生命を終えていく。出来事は、季節のように
止まることなく移ろい続け、人同士の関係性でさえ変わり続ける。
その流れゆく時の中で私達は、常に代わる代わるに色々なものを
手にしては離していき、そしてまた別の何かを手にしていく。
これは、生命のサイクルである循環のプロセスだ。


しかしながら、この循環のプロセスの一瞬一瞬を本当に味わい
尽くしている者は、どれほどいるだろうか?
初めて見た時・触れた時・感じた時……細胞のすべてが震え
高揚するかのようなバイブレーションを感じ突き動かされ
自分のすべてを費やしてでも手にしようと全エネルギーを注ぐのに
一度 手に入ってある程度 味わってしまい、今日も明日も明後日も
当たり前のように決まっていつもの場所に在り続けると、
次第にその存在感すら薄れ扱いすらも些末になり、挙句の果てには
不平・不満・愚痴が始まり、『 こんなはずじゃなかったのに……』とか、
もう、いい!要らない!必要ない!と言い、邪魔だと言うかのように
扱っては手放したり捨ててゆく。

初めて手にした瞬間、あんなに愛おしく感じ、まるで自分の一部で
あるかのように、命を注ぎ込むかのように、この世に二つとない宝物で
あるかのように慎重に大切に扱い関わっていたのに……。
確かに中には、役目を終えるものも、次に向かう時期の訪れと共に
卒業を迎え手放すものもある。
しかし、今あなたが手放そうとしているもの・手放したものは、
はたして本当にそうなのだろうか?飽きただけ……目移りしただけ……
自分の傲慢と怠慢だけじゃないか?最初のあの時のとめきや
ワクワク感や愛おしさ。それらすべては当たり前にあることで薄れ
忘れてしまっただけじゃないだろうか?


『 そんなことないよ!』本気でそう言えるならまだいいが、無くさないと
失ってみないと気付けないことも、たくさんあるのだ。
失う前に気付けたらいいが、失って初めて気付いた時、もう手遅れと
いうことは多々ある。そんな時、決まって言う……
『 あの時、こうしていれば……あの時、こうしなければ……』と。
もう取り戻せない、もう共に在ることも、触れることも出来ない、
もう二度と感じることさえも……。その時が訪れ、私達は初めて知る。
失う痛みと失う簡単さともう二度と戻らない儚さを……。


そして思い返す。あの共に在った触れ合い感じていられた一瞬・一瞬を。
思い返されるそのすべてのほんの小さな毎瞬が、どれほど愛おしかった
のかと。もう実態のなくなった残像の前にひざまずきながら。
今もし、ここにもう一度戻ってくれたなら……せめて一瞬でも来てくれたら、
どんなに慈しみ、どんなに尊く感じ抱きとめるだろう。時が戻るなら、
もう一度あの時に返れるのなら、その毎瞬をどれだけ愛おしく大切に
扱うことか。
些末に扱って手放した時と同じことは自らの選択で、二度とはしない
だろう。その後悔の念が大きければ大きい程、私達は本当の慈しみを
知ることができる。そして、そう在れる者になっていける。
どんな瞬間にも、どんな環境化にもすべての中に、真の尊厳を見出す
ことの出来る者へと生まれ変わることが出来る。
真に失うという経験がもたらしてくれる、大きな恩恵だ。


すべての瞬間と、出逢い関わるすべてのものへ真の慈しみと尊厳を
見出し生きることが出来るか……?
それは、あなたの人生と生命の大きな源に対する永遠の問いかけに
なっていくだろう。
それが、真に自己の人生を自分の手でクリエイトするということだから



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