昨年の終わりごろにアップしたと思いますが、私の育った家庭環境は壮絶過ぎ
母も苦労と痛みの連続で、私も子供には耐え難い痛みを身体にもハートにも
負い続け生きてきて、その生活の中で次第に母は私が八つ当たり場所になり、
私は母を憎み恨むことを生きる源にして、何十年という長い時間を関わってきました。
そんな中、昨年ある話をきっかけに母は
『 こんなに長く生きてきて、何一ついいことなんてなかった……』そう言いながら
私の目の前で、下を向いて大粒の涙を流したのです。
その瞬間、私の胸は呼吸が止まるくらいの大きな痛みに苛まれ、その日を境に
事あるごとに母のその言葉が木霊して消えることがありませんでした。
ずっと、憎んで恨んで、否定して罵倒して避けてきた母。でも、その姿を間のあたりに
した時、彼女の中にとどまり続けた痛みと、自分が幼少期に負った傷が同じもので
その傷は互いに自分では扱いきれないほど大きすぎたから誰かに向けるしか
なかったことと、涙する母の悲しみに自分の古傷が共鳴していたということに
気づいたのです。
それから、その出来事を弟と息子に伝え、一度でいいから母の為にみんなで
時間を設けて、今まで一度も行ったことのない家族旅行に行こうと計画して
キャンセルの連発で、やっと半年後の先週末に実現しました。
母の費用は息子が出してくれて、行先も日程もすべてサプライズです。
温泉に着いて、この事態の詳細を説明すると、その瞬間に母は泣き出してしまい
私達は、その母を前に照れ笑いが精一杯でした。
招待された母は、何があってこんな話になったのかをまるで知りません。
女二人で露天風呂に行き温泉に浸かりながら、今回の火付け役が私だったこと、
彼らがそれに賛同してくれたこと、そして何よりも私が火付け役になった最初の
原因のあの日に母が流した涙について伝え私は、これまでずっと胸の奥に
しまい込み封印してきた母への色々な思いのすべてを伝えたのです。
甘えたかったこと……淋しかったこと……母を求め続けていたこと……気づいて
ほしかった思い……憎むことでしか立っていれなかったこと……
反抗し続け牙を剥き、ずっと罪悪感に苛まれていたこと……
生まれて初めて母の正面に立ち向き合って、何一つ偽ることなく正直に
これまで押し殺してきた思いのすべてを出しました。
そして、母もまた自分の胸に封印してきた数々の思い・苦しみを話して
くれました。
幼子だったにも拘らずいつからか私は、負った傷の大きさから信じること・
求めることを捨て、甘えることなどを封印して、そのまま大人になり今の
自分に辿り着きました。
そうやって封印し捨てたからこそ手にできたものもあったし、だから越えれた
こともいっぱいあった。そのすべてがあったからこそ立ち続けるlことができ
このアンデンティティを携え、ここまで生きてこれたのも事実。
だけど、その封印の上で手にできるものは、すべて手にし尽くしもうこれ以上
何もないことを知っていました。
母がいてくれたから……母と共に生きたからこそ手にすることができ知る事が
できた『 強さ 』。でも、この片極のみの強さは真の強さなんかじゃない。
本当の強さは、その裏にある弱さすらも否定することなく受け入れた時
初めて現れるものだと……。
あの幼いころに痛みと悲しみと共に自分の思いのすべてを封印してから
初めて、自ら母に向かって手を伸ばして、その手を握りしめました。
その瞬間、何十年間という長い時間封印し続けてきた思いが涙と共に
溢れだし、母の前で声をあげて号泣し、私と同じようにすべてを打ち明けた
母もまた、まっすぐ私を見ながら泣いていました。
この瞬間やっと長かった私達、母娘の間に凝り固まり疼き続けてきた悲しみが
溶けていったのです。
本当に長かったし、本当にお互い苦しかった。
でも、こうして母が元気な間にこの機会を与えられ導かれたことに
心から感謝でした。
そして、私のこの長かった過去からのいくつもある数々の呪縛が、
この時を境に一気に解き放たれ始めることとなるのでした。
母も苦労と痛みの連続で、私も子供には耐え難い痛みを身体にもハートにも
負い続け生きてきて、その生活の中で次第に母は私が八つ当たり場所になり、
私は母を憎み恨むことを生きる源にして、何十年という長い時間を関わってきました。
そんな中、昨年ある話をきっかけに母は
『 こんなに長く生きてきて、何一ついいことなんてなかった……』そう言いながら
私の目の前で、下を向いて大粒の涙を流したのです。
その瞬間、私の胸は呼吸が止まるくらいの大きな痛みに苛まれ、その日を境に
事あるごとに母のその言葉が木霊して消えることがありませんでした。
ずっと、憎んで恨んで、否定して罵倒して避けてきた母。でも、その姿を間のあたりに
した時、彼女の中にとどまり続けた痛みと、自分が幼少期に負った傷が同じもので
その傷は互いに自分では扱いきれないほど大きすぎたから誰かに向けるしか
なかったことと、涙する母の悲しみに自分の古傷が共鳴していたということに
気づいたのです。
それから、その出来事を弟と息子に伝え、一度でいいから母の為にみんなで
時間を設けて、今まで一度も行ったことのない家族旅行に行こうと計画して
キャンセルの連発で、やっと半年後の先週末に実現しました。
母の費用は息子が出してくれて、行先も日程もすべてサプライズです。
温泉に着いて、この事態の詳細を説明すると、その瞬間に母は泣き出してしまい
私達は、その母を前に照れ笑いが精一杯でした。
招待された母は、何があってこんな話になったのかをまるで知りません。
女二人で露天風呂に行き温泉に浸かりながら、今回の火付け役が私だったこと、
彼らがそれに賛同してくれたこと、そして何よりも私が火付け役になった最初の
原因のあの日に母が流した涙について伝え私は、これまでずっと胸の奥に
しまい込み封印してきた母への色々な思いのすべてを伝えたのです。
甘えたかったこと……淋しかったこと……母を求め続けていたこと……気づいて
ほしかった思い……憎むことでしか立っていれなかったこと……
反抗し続け牙を剥き、ずっと罪悪感に苛まれていたこと……
生まれて初めて母の正面に立ち向き合って、何一つ偽ることなく正直に
これまで押し殺してきた思いのすべてを出しました。
そして、母もまた自分の胸に封印してきた数々の思い・苦しみを話して
くれました。
幼子だったにも拘らずいつからか私は、負った傷の大きさから信じること・
求めることを捨て、甘えることなどを封印して、そのまま大人になり今の
自分に辿り着きました。
そうやって封印し捨てたからこそ手にできたものもあったし、だから越えれた
こともいっぱいあった。そのすべてがあったからこそ立ち続けるlことができ
このアンデンティティを携え、ここまで生きてこれたのも事実。
だけど、その封印の上で手にできるものは、すべて手にし尽くしもうこれ以上
何もないことを知っていました。
母がいてくれたから……母と共に生きたからこそ手にすることができ知る事が
できた『 強さ 』。でも、この片極のみの強さは真の強さなんかじゃない。
本当の強さは、その裏にある弱さすらも否定することなく受け入れた時
初めて現れるものだと……。
あの幼いころに痛みと悲しみと共に自分の思いのすべてを封印してから
初めて、自ら母に向かって手を伸ばして、その手を握りしめました。
その瞬間、何十年間という長い時間封印し続けてきた思いが涙と共に
溢れだし、母の前で声をあげて号泣し、私と同じようにすべてを打ち明けた
母もまた、まっすぐ私を見ながら泣いていました。
この瞬間やっと長かった私達、母娘の間に凝り固まり疼き続けてきた悲しみが
溶けていったのです。
本当に長かったし、本当にお互い苦しかった。
でも、こうして母が元気な間にこの機会を与えられ導かれたことに
心から感謝でした。
そして、私のこの長かった過去からのいくつもある数々の呪縛が、
この時を境に一気に解き放たれ始めることとなるのでした。