今年の夏は、あちこちで見られたように異常気象で、8月末になると
一気に風が変わり駆け足で通り過ぎて行ったような気がする。
9月になった途端に朝晩に吹く風も、夏の終わりを堪能する間も
なく秋風になり、蛇口から流れ落ちる水に冷たさを感じた。
ここ数年、だんだんと季節の変わり目というものがなくなってきている。
四季というものさえも、暑さの夏と寒い冬が長く、その間を移ろいゆく
春と秋が極端に短くなっている。
この気象現象は日本特有のことかもしれないが、日本という場所も
地球の上にある以上、地球自身のサイクルや流れ、エネルギーという
ものの変容が天候という形で、私達にメッセージを促しているのだ。
2012年12月から始まった、1万3000年ごとに繰り返され続けてきた
地球の循環のシフトの中の、最後のサイクル。
ずっと、私達人間がこの地に誕生する前から繰り返されてきた
分離……合一……分離……合一……という波のラスト。
それが、今回の『 合一 』というシフトだ。
ただ、それらは変わり目を越えた瞬間にパッと一気にすべてが変わる訳
ではない。分離から合一という正反対の対極への移行するというのは
大きなエネルギーを必要とするし、その変容は あまりにも大きすぎる。
日を跨いだからと言って一瞬で変わってしまうようなことがあれば
そこに存在するすべての存在は耐えられない。
そこで、母なる地球・マザーアースは、そこに存在するすべての者たちが
適応できるようにと、黒がグレーになり少しずつ白へと変わるかの如く
時間をかけて変容してくれる。今がちょうどその狭間といったところだ。
ただ、ゆっくりと変わりゆくといっても、変容が始まっていることには
変わりなく、少しずつではあっても、これまでのやり方が通用しなくなったり
新しい方法が必要になったりするのは事実だし、ここ最近それをハッキリと
ではなくても、どこかで感じ始めている人も多いと思う。
基本、対極から対極に向かう以上は、すべてが通用しなくもなれば
すべてが変わりゆき姿や在り様さえ、いずれは変わってゆく。
その代表的なことの一つに、『 葛藤が存在できなくなる 』ということが
挙げられるだろう。
自身が、痛みや悲しみといった何らかの理由によりマインドの奥底に
ずっとしまい込んで押し殺してきた感情を詰め込んでいたパンドラの
箱のふたが、自分の意識とは関係なく開き始め、外に出て解放されようと
するのだ。これは、個人の意思というよりは、地球のサイクルの変容の
否応なしの現象とも言えるし、偉大なる宇宙の循環というサイクルの
一つの通過点でもあり、それにより存在している私達の意思や選択に
より操作できるようなものではない。在るがままに必然で起きる。
葛藤が存在できないという循環のプロセスが始動し始めると、嘘や偽り
上辺の言葉などが通らなくなる。
誰かとの関係性において、例え相手を自分なりに思うからこそであれ
自分を守りたいという思いからでも、はたまた自身の執着であったり
恐れを隠すためや、良い人でいたいからという利己的な思いであれ、
何であっても、誤魔化し・偽り・虚偽という嘘のすべては通らなくなる。
それらが欠片でも含まれた言葉を用いて関わる時、本当に不思議なくらい
伝えようとすることが伝わらなかったり、言えば言うほど事態が悪化の
一歩をたどったりするのである意味、分かりやすい。
本当の自分の思いと、口から出す言葉のずれの中に潜むマインドの
ギャップ……それが、葛藤だ。
そして、これからの時代それらは今までのように隠すことが出来なくなって
次から次へと明るみに照らし出されていく。
これを聞くと、なんて時代なんだ!と、ゾッとする人や大きな恐れを
抱く人もいることだろう。かつての私もそうだったし、その思いは痛いほどに
分かるが、これからの時代は一人一人がそのマインドとのギャップが
一つでもなくなっていくことで、本当の自分や包み隠すという鎧を身に
纏うという重圧から解放されていく。
そこに至るまでは、隠し続けてきたものが、さらされるという恐怖や、
正直であることへの責任など越えなくてはならないハードルは多い。
でも、その変容の時に一番必要なことは、一人一人が、その自分の
恐怖や恐れに立ち向かう勇気も大切だが、それよりも誰かが向き合おうと
した時に受け入れてあげることと、それがなかなか出来なかったり
まだ以前の自分を繰り返して、嘘や偽り・葛藤を抱えた行動を取って
しまっても、それを赦して受けとめてあげる姿勢だ。
何で、まだそんなことするの!何で、まだ出来ないの?
そう言って、責め立てたり揚げ足を取ったり、誹謗中傷することじゃない。
それをしてしまうには、その裏にまだ消化できずに超えることの出来ない
痛みを抱えていることに気づいてあげれたら……その目の前にいる人が
自分だったら……自分もかつてその痛みや苦しみに大きな恐れを抱いて
いた時を重ねて見ることができたなら……
その人を責め立てたり、叱責したり、罵倒できるだろうか……?
それをしている自分が本当に心地よさを感じれるだろうか……?
出逢い関わり、今そこに自分の前に立ってくれているその人がいかなる
状況であっても、その中に過去の至らなかった時の自分を見ることが
できたなら……
他者を真に自分だと思い、受けとめ赦すことができたなら……
同じ場所に存在するすべての者が、人に対してそんな思いを持つことが
できたなら、この変容のサイクルはスムーズに短期間で移行が完了できる
だろう。
尊厳を認め、受け入れ、受容して赦していく……
誰しもが生命を生きる中で最低限 渇望することであり、自分も望むこと
ではないだろうか?
人は、自分を扱うように人を扱い、人を扱ったように自分も世界に扱われる。
ならば、自分にとっても相手にとっても受容することと赦すこと以上に
必要なことも大切なこともないような気がする……
一気に風が変わり駆け足で通り過ぎて行ったような気がする。
9月になった途端に朝晩に吹く風も、夏の終わりを堪能する間も
なく秋風になり、蛇口から流れ落ちる水に冷たさを感じた。
ここ数年、だんだんと季節の変わり目というものがなくなってきている。
四季というものさえも、暑さの夏と寒い冬が長く、その間を移ろいゆく
春と秋が極端に短くなっている。
この気象現象は日本特有のことかもしれないが、日本という場所も
地球の上にある以上、地球自身のサイクルや流れ、エネルギーという
ものの変容が天候という形で、私達にメッセージを促しているのだ。
2012年12月から始まった、1万3000年ごとに繰り返され続けてきた
地球の循環のシフトの中の、最後のサイクル。
ずっと、私達人間がこの地に誕生する前から繰り返されてきた
分離……合一……分離……合一……という波のラスト。
それが、今回の『 合一 』というシフトだ。
ただ、それらは変わり目を越えた瞬間にパッと一気にすべてが変わる訳
ではない。分離から合一という正反対の対極への移行するというのは
大きなエネルギーを必要とするし、その変容は あまりにも大きすぎる。
日を跨いだからと言って一瞬で変わってしまうようなことがあれば
そこに存在するすべての存在は耐えられない。
そこで、母なる地球・マザーアースは、そこに存在するすべての者たちが
適応できるようにと、黒がグレーになり少しずつ白へと変わるかの如く
時間をかけて変容してくれる。今がちょうどその狭間といったところだ。
ただ、ゆっくりと変わりゆくといっても、変容が始まっていることには
変わりなく、少しずつではあっても、これまでのやり方が通用しなくなったり
新しい方法が必要になったりするのは事実だし、ここ最近それをハッキリと
ではなくても、どこかで感じ始めている人も多いと思う。
基本、対極から対極に向かう以上は、すべてが通用しなくもなれば
すべてが変わりゆき姿や在り様さえ、いずれは変わってゆく。
その代表的なことの一つに、『 葛藤が存在できなくなる 』ということが
挙げられるだろう。
自身が、痛みや悲しみといった何らかの理由によりマインドの奥底に
ずっとしまい込んで押し殺してきた感情を詰め込んでいたパンドラの
箱のふたが、自分の意識とは関係なく開き始め、外に出て解放されようと
するのだ。これは、個人の意思というよりは、地球のサイクルの変容の
否応なしの現象とも言えるし、偉大なる宇宙の循環というサイクルの
一つの通過点でもあり、それにより存在している私達の意思や選択に
より操作できるようなものではない。在るがままに必然で起きる。
葛藤が存在できないという循環のプロセスが始動し始めると、嘘や偽り
上辺の言葉などが通らなくなる。
誰かとの関係性において、例え相手を自分なりに思うからこそであれ
自分を守りたいという思いからでも、はたまた自身の執着であったり
恐れを隠すためや、良い人でいたいからという利己的な思いであれ、
何であっても、誤魔化し・偽り・虚偽という嘘のすべては通らなくなる。
それらが欠片でも含まれた言葉を用いて関わる時、本当に不思議なくらい
伝えようとすることが伝わらなかったり、言えば言うほど事態が悪化の
一歩をたどったりするのである意味、分かりやすい。
本当の自分の思いと、口から出す言葉のずれの中に潜むマインドの
ギャップ……それが、葛藤だ。
そして、これからの時代それらは今までのように隠すことが出来なくなって
次から次へと明るみに照らし出されていく。
これを聞くと、なんて時代なんだ!と、ゾッとする人や大きな恐れを
抱く人もいることだろう。かつての私もそうだったし、その思いは痛いほどに
分かるが、これからの時代は一人一人がそのマインドとのギャップが
一つでもなくなっていくことで、本当の自分や包み隠すという鎧を身に
纏うという重圧から解放されていく。
そこに至るまでは、隠し続けてきたものが、さらされるという恐怖や、
正直であることへの責任など越えなくてはならないハードルは多い。
でも、その変容の時に一番必要なことは、一人一人が、その自分の
恐怖や恐れに立ち向かう勇気も大切だが、それよりも誰かが向き合おうと
した時に受け入れてあげることと、それがなかなか出来なかったり
まだ以前の自分を繰り返して、嘘や偽り・葛藤を抱えた行動を取って
しまっても、それを赦して受けとめてあげる姿勢だ。
何で、まだそんなことするの!何で、まだ出来ないの?
そう言って、責め立てたり揚げ足を取ったり、誹謗中傷することじゃない。
それをしてしまうには、その裏にまだ消化できずに超えることの出来ない
痛みを抱えていることに気づいてあげれたら……その目の前にいる人が
自分だったら……自分もかつてその痛みや苦しみに大きな恐れを抱いて
いた時を重ねて見ることができたなら……
その人を責め立てたり、叱責したり、罵倒できるだろうか……?
それをしている自分が本当に心地よさを感じれるだろうか……?
出逢い関わり、今そこに自分の前に立ってくれているその人がいかなる
状況であっても、その中に過去の至らなかった時の自分を見ることが
できたなら……
他者を真に自分だと思い、受けとめ赦すことができたなら……
同じ場所に存在するすべての者が、人に対してそんな思いを持つことが
できたなら、この変容のサイクルはスムーズに短期間で移行が完了できる
だろう。
尊厳を認め、受け入れ、受容して赦していく……
誰しもが生命を生きる中で最低限 渇望することであり、自分も望むこと
ではないだろうか?
人は、自分を扱うように人を扱い、人を扱ったように自分も世界に扱われる。
ならば、自分にとっても相手にとっても受容することと赦すこと以上に
必要なことも大切なこともないような気がする……
インフォメーション こちらから ☆
お問い合わせ お問い合わせ専 用メールフォーム
お申込み お申込み専用メールフォーム
金沢市増泉5-11-11 ドームス轟19号 マックスバリュ増泉店近く~
090-1637-5633