今日から4月……新年度の始まりです。
この日から新しいステージが始まる人も多い事と思います。
物事の始まりは、必ず一つの終わりと時を共にしていて、
何かが始まるということは、これまで長い年月をかけて積み上げてきた
ものがあるからこそ、やっとその努力が芽を出すのです。
この日を迎えるにあたって振り返った時に、本当に必死に積み上げた
ものがあったのか、なかったのかで、今日から始まる年月の意味合いは
大きく変わってきます。
この日の前の一年前……二年前……三年前……と、甘さに流される
ことなく、自分を律し自分を見つめ、例えそれが迷いながらでも、
悩みながらでも、己を振り返り続けて功を成さない自分を見つけ続け
断つことを怠らずに挑んできた人は、大きな息吹が芽を出し飛躍の
始まりが訪れるでしょう。
でも、自己に甘んじて誘惑に流され続け、省みることもせずに
それを正当化するかのごとく、~~しなくちゃ!とか、トライするかの
ごとくそちらばかりにフォーカスしてきた人は、顧みることと己を
律するところから、また始まっていく。己を整えることの出来ない者に
なせることなんて何一つない。己に出来ないことを人に差し出すことも、
教えることも出来ないし、ましてや人を支えたり資源になるなんて
出来ない。昔、私がある人に言われた耳の痛くなる教えです。
どれだけ自分に真剣に謙虚に誠実に向き合えるか……その思いを行いに
沿わして生きれるか……それが、一番大切だと。
口でどれだけ同じことを言いながらも、毎回甘さに流され同じ失敗と
同じ出来事を繰り返している間は、何一つ進むこともなければ今、
出来ないどんな小さいことさえも成し得ることはない。
本当は、この教えは誰でもが知っていて、いちばん過酷で辛いからこそ
気をそらす為に、己を真に知ることと受けとめること、その己を改める
ことから目を反らし、頑張っている気になる為に、あれもしなくちゃ!
こうするべきだ!と言っては自分を自己の手によって堕落させるそうです。
それがエスカレートすると、自分の肉体という生命すらも危険にさらし、
それでも分からず致命傷を負うと同時に、自己という存在をも枯らしていく。
頑張ることより、自分を律することこそが真の成長の第一歩と言っています。
かなり手厳しい言葉ですが、本当にそうだと思います。
私の周りに命に係わる状態に陥った人が数名いますが一人は、
病床に臥せた時間で、本当に人生を顧みていました。
これまでの自分の生き様は、何が指針だったのか?何を求めどこに
向かって歩んでいたのか?自分が歩んできた道を、本当に苦しみながら
真剣に振り返り、救われた命を自分としてどう生きるのかを必死に
自分に問いただしていました。その姿は、見ているこちら側さえも
苦しくなるほどでした。
この方は、今でもその答えは出ないと言いますが、その生き方や生き様は
本当に別人であるかのように、毎瞬を大切に生きています。
そして、その真摯さのすべてが一瞬で報われ、そんなことがあったにも
関わらず、この4月から大きな飛躍に導かれその姿には、生きるという
核を教えられた気がしました。
同じように命が係る時間を過ごしたものの、その時は少しは感じながらも
時の経過とともに喉元過ぎれば熱さ忘れる……といった感じで、
救われた命すらも、また同じ生活の繰り返しによって危険に晒されそれでも
なお、その時は一瞬の自制をするものの、自分の好きなことや快楽に流され
同じことを繰り返す人が多い中で、本当に大きなことを学ばされ、
こんな真剣さには到底、敵わない!と痛感しました。
こんな私でも、この4月から今までにない大きなミッションが始まります。
そこにたどり着けたことは、小さいながらも自分なりに自分を律してきて
歯を食いしばったのかもしれない。
でも、その事実に奢ることなく更に自分を律しながら謙虚に顧みながら
真に断てる己を忘れずに歩んでいこうと、痛切に思うのです。
何かをする前に、どんな時も自分に謙虚に誠実に、例え小さな一つでも
改め続ける志を忘れずにいたいと思います。
だって、自分が選び描いた夢を叶えていきたいし、その為に必死に
生きてきたのなら、そのすべてを自分の甘さや奢りで失いたくは
ないから……自分を律することが出来る自分でありたいし、
それを成し得ている本物という人々に学び続けていきたい。
都合のいい時ばかりじゃなく、思い描く夢の為に、どんな時も100%
本気で生きた!と言い切れるような生き方をしていたいと思います。
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