ちょっと遅めの昼食のあと、 

午後からは山本竜隆先生の講演がありました。 

 

今回のお話で一番印象に残ったのは、 

「リトリート」の捉え方。 

 

リトリートというと、 

日常から離れてゆっくりする。 

自然の中で心と身体を休める。 

自分を見つめ直す。 

 

そんなイメージがあります。 

でも英語の retreat には、 

「避難所」「隠れ家」という意味もあるそうです。 

 

つまり、 

平時には 

休息し、癒され、回復する場所。 

 

有事には 

避難し、生き延びるための場所。 

 

この両方の役割を持つ場所。 

山本先生はこれを 「フェーズフリーなリトリート」 と表現されていました。 

 

 

これを聞いて、 

私は「健康も同じだな」と思いました。 

 

病気になってから慌てて考えるのではなく、 

 

元気な時から自分の身体や暮らしを整えておく。 

何かあった時に頼れる人がいる。 

帰れる場所がある。 

自分でできることを持っている。 

 

それも健康の一部なのかもしれません。 

 

講演の中では、 

「下医は病を治し、中医は人を治し、上医は国・社会を治す」 

というお話もありました。 

 

目の前の病気を治療することはもちろん大切。 

 

でも、その人が元の環境に戻った時、 

そこに強いストレスや孤立があれば、 

また心や身体が悲鳴を上げるかもしれない。 

 

だから、 

なぜ病気になったのか。 

何が治ろうとする力を妨げているのか。 

その人が生きている環境はどうなのか。 

 

そこまで考えていく。 

 

それも医療なのではないか、 

というお話でした。 

 

リトリートは、 

ただ「疲れた人が休みに行く場所」ではなく、 

いざという時にも 

「ここなら生きていける」 

 

そう思える場所。 

 

 

これからの医療は、 

病院の中だけではなく、 

こうした「人が生きる場所」にも 

広がっていくのかもしれない。 

 

そんなことを感じた午後でした。

 

 

 

 

こちらで毎日お話しています👇

 



野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

昨日は、 日本ホリスティック医学協会主催。 

愛媛県の秘境、森の国Valleyの 「水際リトリート」に 参加してきました。 

 

前の日は雨だったのに、 とってもいいお天気でした。

 

 “森の声をきく、フィールドワーク”へ。

船越 ゆきおさんに案内して頂きました。 

 

雨上がりの土地は、 水を多く含んでフッカフカ。

寝っ転がってみると、 少し湿っていて、 肌に吸い付く感じ。 

 

 

少し森に入ると、 トトロが出てきそうな 深淵な雰囲気。 

 

 

すぐ脇を流れる川は、 四万十川の源流。 

 

前日の雨にも関わらず、 川の水はすごく澄んで きれいでした。 

 

 

川上を上り、 水遊びをしたあと空を見上げたら、 太陽のまわりに虹の輪🌈 

 

 

なんだか、それだけでも 「来てよかったなぁ」と 思える時間でした。 

 

森の中を歩きながら、 ふと思ったことがあります。 

自然って、 みんなお互いに支え合って 生きているんだなぁって。 

 

森の中には、木を切られて、 葉っぱもないのに 生き続けている切り株があります。 

自分では光合成もできないのに、 どうして生きていられるんだろう? 

 

実は、 隣の木と根っこでつながって、 水や栄養を分けてもらって いることがあるそうです。

 

その話を聞いたとき、「じゃあ、この切り株は 隣の木に何をあげているんだろう?」 って思ったんです。 

 

 

一見すると、元気な木が、 弱った切り株を助けている。 

そんなふうに見える。 

でも、本当にそれだけなのかな。 

 

これ、人間も同じかもしれない。 

元気な人が病気の人を支える。 

若い人が高齢者のお世話をする。 

親が子どもを育てる。 

 

「助ける人」と 「助けてもらう人」。 

 

つい、 そんなふうに分けて 考えてしまうけれど、 実際には、 助けている側もたくさんのものを受け取っているのかもしれない 

 

必要とされること。 

誰かを大切に思う気持ち。 

立ち止まって考える時間。 

生きる意味。 

優しさ。 

どんぐりのクッキー

 

目には見えないけれど、 受け取っているものって きっとたくさんある。 

 

だから、 支える側が偉くて、 支えられる側が弱い、 

ということではないんだと思う。 

 

今日は私が誰かを助ける。 

明日は、私が誰かに 助けてもらうかもしれない。 

 

そしてもしかすると、「助けてもらうこと」 そのものが、誰かに何かを与えているのかもしれない。 

 

私は人に頼るのが苦手で、 自分でやろうとしてしまう。 

でも世の中には、「助けたい」と思っている人もいる。 

 

だったら、 頼ることもひとつの 循環なのかもしれない。 

 

森の中では、 誰が上で誰が下なんてなくて、 ただ、それぞれが つながりながら生きている。 

 

昨日、森の中で虹の輪を見ながら、 人間も本当は そうなのかもしれないと思いました。 

 

誰かに与えること。 誰かから受け取ること。 

どちらもあっていい。 

 

それが、 支え合って生きることなのかも しれません。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

最近、「心理的安全性」という言葉をよく聞きます。 

 

わからないことを「わかりません」と言える。 

ミスをした時に隠さず報告できる。 

上司と違う意見でも、「私はこう思います」と言える。 

困った時に「助けてください」と言える。 

 

そんなふうに、 

「自分を出しても大丈夫」と思える状態が、心理的安全性なのだと思います。 

 

反対に、 

「こんなことを言ったら怒られる」 

「意見を言ったら馬鹿にされる」 

「ミスしたら責められる」 

 

と思っていると、 

だんだん「黙っていた方が安全」になってしまいます。 

 

ただ、今は今で難しい。 

 

例えば、写真を撮る時に上司が部下の肩に触れた。 

 

上司は単に 

「みんなで寄って写真を撮ろう」 

くらいのつもりだったかもしれません。 

 

でも、触られた側は 

「不快だった」 

と感じるかもしれない。 

 

あるいは上司が、 

「こんなことも知らないの?」 

と言った。 

 

上司としては指導のつもりでも、 

言われた側は「馬鹿にされた」と感じることがあります。 

 

同じ出来事でも、受け取り方は人によって違います。 

 

では、相手を傷つけないために何も言わなければいいのでしょうか。 

 

上司は部下を注意しない。 

親は子どもに何も言わない。 

夫婦でも本音を言わない。 

 

それも違うと思うのです。 

 

 

そこで必要なのが「対話」なのだと思います。 

 

まず、何が起きたのかという事実を見る。 

 

次に、 

「私はこう感じた」 

「私はこういうつもりだった」 

と、お互いの受け取り方を言葉にする。 

 

すると、 

「ああ、ここにズレがあったんだ」 

ということが見えてきます。 

 

そして最後に、 

「じゃあ、次からどうしようか」 

を一緒に考える。 

 

 

事実 

↓ 

それぞれの受け取り方 

↓ 

ズレを確認する 

↓ 

これからどうするかを決める 

 

 

心理的安全性とは、 

誰も不快にならないことではないのかもしれません。 

 

人と人が関わっていれば、 

意見が違うこともあるし、 

不快になることだってあります。 

 

大切なのは、 

「私はこう感じた」 

「あなたはどう思った?」 

と話せること。 

 

そして、意見が違っても対話を続けられること。 

 

職場でも、家庭でも、子どもとの関係でも。 

 

これからますます必要になるのは、 

「正しいことを言う力」だけではなく、 

違う考えを持つ人同士が、対話できる力なのではないかと思っています。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
内科医・心理カウンセラー
1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

9月1日は「防災の日」。 

 

水、食料、懐中電灯、モバイルバッテリー。 

防災用品を準備している方は多いと思います。 

 

でも、「薬」はどうでしょうか? 

 

災害が起きたとき、すぐに病院へ行けるとは限りません。 薬

局が開いているとも限りません。 

 

しかも避難生活では、睡眠不足、食生活の変化、水分不足、ストレスなどから、普段より体調を崩しやすくなります。 

 

そこで今日は、医師の立場から「災害時に備えておきたい薬5選」をお伝えします。 

 

我が家の防災バッグ

 

まず最優先は、いつも飲んでいる薬。 

 

高血圧、糖尿病、心臓病、てんかん、喘息など、毎日使っている薬がある方は、これが一番大切です。 

 

「避難所に行けばもらえるだろう」ではなく、自分にとって切らしてはいけない薬は何か、普段から確認しておきましょう。 

 

2つ目は解熱鎮痛薬。 

発熱や頭痛、歯痛、腰痛などに備えて、普段から使い慣れているものを。 

 

3つ目は胃腸の薬。 

避難生活では、食事や生活リズムの変化、ストレスによって胃痛や下痢などが起こることがあります。胃薬や整腸薬など、いつも使っているものがあると安心です。 

 

4つ目はアレルギーの薬。 

ほこり、ダニ、虫刺されなど、避難先では普段と違う環境になります。喘息の方は吸入薬も忘れずに。 

 

5つ目は便秘の薬。 

水分不足、運動不足、トイレを我慢することなどから、災害時は意外と便秘になりやすくなります。 

 

 

そして、薬以上に大切なのが、 

「自分が何の薬を飲んでいるか分かること」。 

 

お薬手帳やそのコピー、薬の名前・量・飲み方を書いたメモ、スマホで撮った薬の一覧などを準備しておきましょう。 

 

スマホは便利ですが、災害時には停電や充電切れもあります。 

紙でも残しておくと安心です。 

 

防災というと「何を買うか」に目が向きます。 

 

でも、医学的な防災で大切なのは、 

「自分の身体には何が必要なのかを知っておくこと」。 

 

 

9月1日の防災の日。 

水や食料を確認するときに、ぜひ薬箱とお薬手帳も一緒に見直してみてください。 

 

自分の身体を守る準備も、大切な防災です。

 

 

 

 

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野上徳子(のがみとくこ)
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1967年生まれ、岡山育ち。現在、愛媛県松山市在住。

医師として30年診療に携わる中で、昔から‟病は氣から”というように病気の原因は氣(潜在意識)が大きく関わっていることに気付き、現在は、病気や生きづらさの中に生きる価値を見出し、本当の自分として命を輝かせて生きるサポートをしています。

 

私はよく「行動力がありますね」と言われます。 

 

でも実は、かなり先送りするタイプです。 

 

特に、新しいことや苦手なこと。 

やらなきゃいけないと分かっているのに、 

「もう少し準備してから」 

「怖くなくなってから」 

「明日やろう」 

と、つい後回しにしてしまいます。 

 

でも最近、気づいたことがあります。 

 

先送りできるのは、 

「まだ明日がある」と思っているからなんですよね。 

 

 

本当は、人生にどれだけ時間が残されているかなんて、誰にも分かりません。 

 

以前、私は「怖がりすぎ」と言われて、バンジージャンプに挑戦したことがあります。

 飛ぶ直前、むちゃくちゃ怖かった。 

 

「3、2、1、GO!」 と言われても飛べず、2回失敗。 

「次に飛べなかったら終了です」と言われました。 

 

その時、 

階段で降りて帰る自分と、 

怖くても飛んで帰る自分 

 

飛ばない自分と

飛んだ自分

 

今までの自分と

一歩進んだ自分

 

どちらを選びたい? 

そう考えました。 

 

そして、飛びました。

 

 怖くなくなったからではありません。 

怖いまま飛んだんです。 

 

 

今でも、新しい挑戦は怖いです。 

 

人にお願いすることも、告知することも苦手。 

「やめたいな」 

「逃げたいな」 

と思うことだってあります。 

 

でも、怖さがなくなる日を待っていたら、たぶん私は何もできない。 

 

だから、 

「怖くなくなったらやる」 ではなく、 

「怖いままやる」 でいいと思っています。 

 

 

そして私の場合、もう一つ大事なのが締め切り。 

「いつかやる」では動けなくても、 

「この日まで」 と決まると、不思議と動き始めます。 

 

人生にも、本当は締め切りがあります。 

 

だからこそ、 

やりたいことを「いつか」に置いたままにしない。 

 

完璧じゃなくてもいい。 

自信がなくてもいい。 

怖くてもいい。 

 

 

それでも最後に、 

「やる」 

を選べたらいい。 

 

怖さをなくすのではなく、 

怖さも一緒に連れて進む。 

 

私はこれからも、きっと怖がりながら進んでいくのだと思います。

 

 

 

 

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