「女房が がん だからって、
サラリーマンが会社休めると思うなよ!」
告知を受けたことを知らせると、
そんな言葉が返ってきました。
「なんて伝えよう」
「あまり動揺させないように」
「いつもの通り、明るく!」
病院からの帰り道に考えていたことが
馬鹿らしくて、悲しくて、笑えました。
「はい、分っています」
「お仕事を優先してください」
そして入院の日。
確か土曜日で会社は休みでした。
入院の荷物を抱え
「もうここには戻ってこれないかも」
と少しの覚悟を決めた私に、
「みんなに迷惑かけて、お前は加害者だからな!」
「被害者面(づら)するなよ」
この場面で、何で?
泣いたり、愚痴ったり、
弱音を吐いたこともない。
暗い顔、悲壮な顔を見せたことも、
ないはず。(と私は思っている)
赤ん坊を抱えて、仕事して、痛みに耐え、
疲れた顔をしている時はあったでしょう。
でも、病気のことで被害者面した覚えは・・・
まぁ、仕方ない。
相手にそう言わせるような顔してたんだな。
今思えば、彼も不安だったのでしょう。
どうしようもなく不安で、
でも自分ではどうすることもできない。
そんな自分へのイライラや弱さから出た
言葉だったのかもしれません。
手術の日も、退院の日も平日でしたので、
彼は居ませんでした。
私はその方が気が楽でした。
入院中、お見舞いに来たこともありません。
あ、一度だけクレジットカートを取りに来ました。
そして退院。
すぐには自宅に戻らず、
実家に帰ることになりました。
退院した日の夜、
彼は実家には上がらず、
外に呼ばれました。
その時に言われた言葉が
離婚理由のひとつにもなりました。
人間は追いつめられると
こんなにも大きな嘘がつけるのか。
そこまでして、自分を守りたいのか?
そんな言葉でした。
私の父はそれを知ると、激怒しました。
「女房が生きるか死ぬかの時に、
見舞いにもこねーで、(来ないで)
やっと顔出したかと思ったら!」
「ふざけるな!」
この時の父、かっこよかった!
あ、焦点そこじゃなくて。。。
夫婦という以前に、人間として
あり得ない行動、言動を繰り返す人でした。
でも、その人をパートナーに選んだのは、
間違いなく、この私自身です。
相手を憎んだことはありません。
病気に関してだけ言えば、
パートナーがこういう人で
結果よかったのだと思っています。
「私がしっかりしなきゃ!」
「病気だなんて言っていられない。」
その思いがあったから、
回復へのスピードが加速したのでしょう。
きれいごとでもなく、
いい人ぶっているワケでもなく、
本心なんです。
憎しみや怒りからは何も生まれません。
それどころか、
負のエネルギーの中にいれば、
心も、体も蝕まれてしまいます。
そして、相手を憎むことは、
その人を選んだ自分をも憎むことになるのです。
「起きたことをどう捉えるか?」
大問題にすることもできるし、
どうってことないさ。
さらりと躱す(かわす)こともできる。
自分がどう在るかは
自分で選べるのです。
「憎しみ。苦しみ。悲しみ。」
心にシミはつけたくない。
「楽しみ。慈しみ。慎み深く。」
きれいな心で生きていきたい。
「慎み深く」
・・・・・・・・・
難題だわ(笑)
ちなみに、コスモスの花言葉は
「乙女の純潔・乙女の真心・美麗・調和・謙虚」
だそうです![]()
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ブログには書けなかったこと。
「その時に言われた言葉が
離婚理由のひとつにもなりました。」
そう、ここに書いたのは
いくつかの理由のうちの一つ。
もっと壮絶な修羅場があったのです。
講演会の中で、「ここだけの話し」をします。
イスからひっくり返ってしまうかも?!
講演会の詳細はコチラから。
講演会はお陰様でご好評のうちに終了いたしました。
ありがとうございました!
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