「人生道」初めの記事は15年前に患った「がん」について。
「健康しか取り柄がない」というくらい、
病気とはまるで縁がなかった私。
ところが、息子を出産して半年ほど経った頃、
時折お腹がキュッ~と痛くなる。
お腹が空いたのかな?
温かい飲み物を飲んだり、
何かを口にすると痛みは治まった。
そうこうするうちに、
時折だった痛みが頻繁に襲うようになりました。
もう授乳していても息子を抱えていられないほどに。
さすがに病院で診てもらおうと思い、
近くの胃腸科へ。
「高齢出産だったし、仕事復帰しているなら寝不足でしょ?」
「ストレス性の胃炎でしょう」
「これね、母乳にも影響ないから、痛い時飲んで」
薬を処方され服用するも、一向に良くなる気配がない。
そりゃぁそうですよ。「胃がん」だったんですから!笑
(今だから笑って言える)
痛みには強いと思っていた私でも
我慢できないほどの痛みに
「胃潰瘍か?」
と少し危機感を抱きながらも
薬を飲みつつ我慢、我慢で1ヶ月。
我慢強いというのも良し悪しですね。
そんな姿を見て、
母の友人で私を幼い時から知っている方に
「知ちゃん、ちゃんと大きい病院行って検査して!」
お尻を叩かれ、しぶしぶ検査に行きました。
胃カメラなんて絶対嫌だったけど、仕方ない。
幸い腕の良い検査技師さんで
おエッとなることもなく検査終了。
そして結果は「進行がん」
おいおい、ストレス性の胃炎じゃなかったのかい!
初めに行った病院のずさんな診察に唖然。
同時に、今まで自分の健康を過信して、
検診を受けなかったことを反省。
「がん告知」
この時の先生(医師)、
口ごもって、なかなか「がん」と言わなかった。
「検査の結果、あの~良性ではなかったんです。。。」
「胃潰瘍だと思われたあの大きな影はですね・・・」
あ~もう、早くして!痺れを切らして私から
「良性じゃないってことは悪性だから、がんですね」
「はい、そういうことです」(先生)
「ここから先は執刀医となる外科の先生が担当します」
看護師さんたちも私の側に来て
「赤ちゃんのためにも、お母さん頑張ろうね!」
「いい先生がいるから大丈夫よ!」
口々に励ましてくださいました。
「告知」はされる側より、する側の方が辛いだろう。
そう思えるような
優しい先生と看護師さんのいる病院でした。
そして、担当医が内科医から外科医に変わり・・・
肝臓にも気になる影がある。
若いから進行が早い。
どんどん、広がってしまう。
手術は早いほうがよい。
あら、産婦人科では「高齢出産」と言われ
こちらでは「若い」と分類されるんだ。
へぇ~面白い。
いや、気にするのはそこじゃない。
と自分でツッコミながら、
主治医となる先生の話を聞き、
まずは母に報告。
母は大好きだった兄(私の叔父)を胃がんで失っている。
よりによって、当時の私と同じ年齢だった。
きっと全米震撼なみに
親戚一同が震撼したに違いない。
親戚の勧めもあって、
他の病院でセカンドオピニオンも受けました。
そこでもやはり、結果は同じ。
「何でこんなになるまで 放っておいたの!」
叱られる始末。。。。
で、当の本人は?と言えば
「美人薄命」
「憎まれっ子世にはばかる」
私はどちらか?
・・・・・
やはり前者だろう。。。。笑
仮に私の人生が、間もなく幕を閉じたとしても
何の悔いも、思い残すこともない!
「我が生涯に一片の悔いなし」(by ラオウ)
まさに、この心境だった。
行きたい高校、短大にいかせてもらって、
好きな仕事について、
様々な経験をさせてもらって、
結婚して、子どもも授かった。
毎日が充実していた。
毎日精いっぱい生きてきた!
良い仲間に恵まれた。
両親、妹、弟もいる。
私が居なくても、息子はちゃんと育つだろう。
今ならまだ(当時8ヶ月の赤ん坊)
寂しいとか悲しいなんて感情がないから
その方が息子にも よいのではないか・・・
ただ一点、気になったのは
当時抱えていた仕事のこと。
迷惑かけてしまうなぁと。
命をあきらめたわけじゃない。
ただ、
「進行性のがん」という事実を受け止めただけ。
だって、泣いても、わめいても、ジタバタしても、
事実は事実。何も変わらないのだから。
そう思えたのは、
20代で管理職を経験した時に出会った
この詩(祈り)があったから。
主よ、
変えられないものを受け入れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知を我に与え給え。
(ラインホールドニーバーの祈りより)
経験も浅く、
自分ではどうしようもできない壁にぶち当たった時
本を読み漁った。その中で見つけた祈りの詩。
私は無宗教で、
信心深いとは到底言えないけれど、
この祈りは、その時の私を救い、
がんの告知の時も、傍らにありました。
今こうして振り返ってみると、
それまでの人生を悔いなく生きてきたからこそ、
事実をすんなり、受け入れられたのだと思います。
やり残したこと、思い残したことが山ほどあったら、
そんな心境にはなれなかったでしょう。
命には限りがある。
同じ病で、叔父、叔母、従弟、友人が
若くして旅立ちました。
自分だけが生き残って元気でいることに、
罪悪感を抱くこともありました。
でも今は違います。
生かされているのは
「使命があるから」
だと思っています。
使命、「命の使い方」
神様から出された課題です。
この課題について、
命の使い方、生き方について、
講演会でお話したいと思っています。
詳細はコチラ⇒「講演会のご案内」
講演会はお陰様で盛況のうちに終了いたしました。
聴講者様のご感想はこちら↓↓
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
手術では胃を2/3、胆嚢、リンパ節を切除しました。
開けてみなければ分からない、と言われた
浸潤(がんの深さ)は漿膜(しょうまく)ギリギリで
止まっていたそうです。
がんが漿膜より浸潤すると、リンパ液や血液に乗って、
他臓器に転移する可能性がとても高くなります。
がんの浸潤を防ぐには、
とにかく早期発見することです。
早期では胃内視鏡で手術が可能ですし、
がんと言えども完治します。
40歳を過ぎたら、胃カメラを始め、、
検診を受けてくださいね。
胃カメラ健診について不安な方は
コチラの記事をどうぞ。
