夕べ
夕べ とっても嬉しいことがあった。
いつもは寝てしまう夜の9時。
夜更かしコースの息子に一喝いれようとしていたところ・・・
「おかあさん 誰かから電話だよ」
え?こんな時間に誰??
息子がいなければ 私は全く気づかず
布団に入ってしまうところだった。
「もしもし・・・」 警戒気味に電話にでると
「オレだよ オレ!」
ン? オレオレ詐欺 ついに来たか!??
「Tだよ!T!!」
え~!?
T~!??
私にとって2回目の卒業クラスの生徒 Tからだった。
サッカー部の活発で やんちゃな甘えん坊。
反抗期まっただ中の少年で
私が 白といえば黒。 黒といえば白。
リーダーの素質もあるのだが
私のクラスでは 今ひとつ その力が育たなかった。
中2 中3
彼と過ごした2年間は 正直 思い出すのもつらい。
まさに学級崩壊寸前。
ボス的存在のHを中心に 男子4人。
それぞれ みんないい味を持っているのだが 私自身が彼らのよさを引き出すことができず
毎日 毎日 空回り。
とことん反抗され続け 毎日夜 夢にまで出てきてしまうほど うなされ続けた。
後になれば思う。
最初 最初が肝心だったのだ。
クラス担任の とってもとっても大事なポイント。
学級開きの最初の4月。
自分がしっかりとしたラインを示すことが何より大事なのだ。
普段は 穏やかで優しくていいと思う。
柔らかく、子ども達の声に耳を傾けることは とてもとても大切なことだ。
子どもの目線までおりて 彼らとかかわりあうことで信頼関係も生まれてくる。
だが30人だか 40人だかの種々雑多なクラス集団
それを気持ちよく動かしていくためには 担任は ある時、絶大なボスにならなければいけない。
このラインは許せるが ここは絶対許さない。
ここをしっかりと示さないと 集団は崩れていってしまう。
この先生 この担任は ここまでやってもOK!と子ども達は どんどんつけこんでくる。
「私が担任じゃなく サッカー部の顧問のK先生だったら
絶対 このクラスはいいクラスになるのに・・・・」
自分の力量のなさが クラスをダメにしている。
理知的で生徒達の心をつかむのが上手いK先生だったら
男子4人もついていくだろうし 他の子達もイヤな思いをせず穏やかに過ごせるのに・・・
思っても どうにもならないことを思い続け 自分を責め続けた。
他の教員からも 私の力不足は叩かれた。
やむをえない。
本当に どうしようもない学級崩壊状態だったから・・・
2年の秋 冬が一番しんどかった。
持ち上がりで3年は持たない方がいい。 自分のためにも クラスの子達のためにも・・・
毎日 そんなことを考えていた。
「他の子達には 申し訳ないかもしれない・・・
だけど この男子は あなたが担任だからいいんだよ。
この男子達には とっティー先生が必要なんだ。
自分をぶつけられる あなたが必要なんだ!!
辞めちゃダメだ!絶対あと一年間
卒業するまで 彼らと過ごすべきだ!!
いつか 絶対にわかってもらえる日が来るから・・・」
リタイア寸前
副担任であったU先生が そう私を励まし続けてくれた。
たぶん このU先生がいなかったら 私は担任を降りていただろう。
そして部活の顧問としての顔がなかったら 私はこの地点で教員を辞めていたと思う。
いいか悪いか 悩みに悩みつつ 3年にあがり
ちょっぴり成長した彼らと 少しずつではあるけれど コミュニケーションがとれるようになってきた。
クラスとしてのバランスは一度崩れてしまったので 正直申し訳ない形で終わってしまったが
この2年間があったからこそ 教員として大切なことをたくさん学べた気がする。
そんな私にとっての暗黒時代。
強烈なインパクトを与え続けてくれたT。
なぜだか Tからの連絡は いつも突然だ。
今から8年ほど前
私が3年の育児休暇中 我が団地を訪ねてきた。
ちょうど 育休も残すところあと半年ちょっと。
息子が病気持ちだったということもあるが
ハードすぎる中学校教員に復帰すべきか このまま仕事を辞めてしまおうか悩んでいた時だ。
Tとは 5年ぶりの再会。
お互い空白の5年間をたっぷりと語りあった。
そして お互い不器用すぎたあの時代のことも 苦笑いしながら語り合った。
クラブチームも倒し 関東大会に出場するほど強豪校だったW中サッカー部。
秋、受験シーズンで 補欠の3年生がほとんど引退していく中で
サブのゴールキーバーだった彼は 「何かあった時 俺がいなくちゃダメなんだ」
と最後まで部活に残り ベンチを温めた。
そんな実は努力と根性の人 Tは その力を高校の顧問に高く評価してもらったらしい。
レギュラーとして県大会出場を果たした自分の写真入りのパンフレットを
「俺の宝物だから持ってろよ!」 と私に渡し我が家を去っていった。
「じゃぁ~ねぇ~!!」
団地の5階から見送る私。
こんな私を
こんなどうしようもなかった私を訪ねてきてくれたことが本当に嬉しくって
ずっとずっと手を振り続けた。
そして彼がみえるか見えなくなるかという時に 突然振り返った。
「とっティー
ぜってぇ~
先生辞めんじゃねぇぞ!」
団地中に響き渡る声で 息子を抱えた私に叫んだT。
ありがとう!!
ありがとう!!!
精一杯 叫び返した。
あんなにあんなに情けなく あんなにどうしようもなかった私に・・・・
涙がとまらなかった。
彼のお陰だ。
私が悩み続けた仕事復帰。
彼が背中を押してくれたお陰で 主婦から一時的ではあるが学校現場に戻ることができた。
そして
わずか1年足らずだったけれど 復帰したお陰で
家庭を持ち 子どもを持ちつつ働くワーキングマザーの大変さを理解することができる。
今でも彼の あの時のあの一言には深く感謝している。
「俺さ 今 B中の前にいるんだ。
中学校体育の臨時採用 講師の話がきたんだ。
B中 すげぇ~荒れてるだろ・・・
俺 自信ねぇよ・・・・」
おっと びっくり
Tは 中学校教員の道をめざし 進んでいたのだ。
「何いってんの?やんちゃなあんたならできるよ!」 と一言返し
それから どうなったか・・・
一切連絡なし・・・
B中にいるのかも 何をしているのかも全くわからずじまい。
そして5年の月日を経て 昨日・・・・
「俺・・・がんばったぜ!
正式に採用されたよ!
さっき さっき合格がわかったんだ!」
どうやら 5年間 臨時の体育教員として いくつもの中学校を渡り歩き
来春 正教員として採用されることが決まったそうだ。
おめでとう!T!!
反抗しまくり。
やんちゃだった あなただからこそ 理解できる中坊軍団もいっぱいいるはず!
心から
心から とっティー 応援してるからね!!
なんだか とっても長くなってしまいましたが
本当に感激し 久々に興奮して勢いで記事にしてしまいました![]()
28歳T!
担任を持って ちょっとは私の大変さを理解してくれるかな??
今日も読んだよの ぽちっと一押しよろしくね!
ありがとう!
「佐川」でコメントくれたみなさ~ん
本当にごめんなさい。
にやにやしながら コメント ぜーんぶ読ませていただきました。
コメント返し 今日明日中に必ずします![]()
え? コメント とっティーの負担!??
滅相もない。
皆さんのコメントのお陰で 更新できるのです。何よりも力になるのです。![]()
が 今回 突然のTからの連絡で記事をかいていたら 6時になってしまいました![]()
待っててね!









