ひとつの命の終わりと引き換えに、見えてきたものがある。


命の終わりは哀しいけれど、それと引き換えに、終わったからこそ、届いたメッセージがある。


今度のことがあったからこそ、受け取った覚悟がある。


ヒトの情けや本性は、ぎりぎり限界の際になって示されるものなのだろうか・・・


お互いに再婚同士なので、夫婦の修羅は知っているつもりだし、二度の失敗はしたくない。

二人でいる孤独を、お互いに知っているから、より相手を思いやって、ここまで来たつもり。


小姑に言われた 「おにいちゃんが奈ほ子さんに合わせてるんでしょ!」


はぁ?!私がカカア天下て゜、年下の夫さんを従えてるって意味?


逆です。年上の姉さん女房だから、常に相手を立てるように意識してきました。


夫婦のことは夫婦しかわかりません。

10組の夫婦が居れば、10通りの夫婦の行き方があります。


内輪の食事会も、お互いの親同士の顔合わせもないまま、婚姻届だけ出しました。


義理の妹からは「お姉さん」と呼ばれたことは一度もありません。いつも「奈ほ子さん」です。


呼び方なんかいいんです。


舅+小姑シスターズVS奈ほ子 母屋の茶の間でゴングなる?!


自分たちのエリアに戻り、夕食どきに質問した。

「○○さんは、私に合わせているんですか?毎日、自分のことは抑えて、無理に私に合わせてるんですか?」


夫さん「??いやぁ、何でそんな事を言ったんだろう・・・」

     「自分で生きたいたいようにやっています」


奈ほ子「妹さんが言ってる意味がわからないのだけど・・・」


もしも、お互いが窮屈な思いをしているなら、私がここに居る意味がない。



別件で、【ありがとうの一言の問題】があったのだけど、その話をしたときは、

夫さんが「すまなかった」と。舅&小姑シスターズに代わって謝ってくれた。


ココで毒を吐いたなら、

ほんの僅かな、ちっぽけで綿よりも軽い私の、ヒトとしての最後の品格が、一気に崩れ去っていくだろう。


だから、もう何も言うまい。

命の終わりに、多くのことが示されたのだから、しっかりこころに刻んでおこう。

忘れまい。。。一字一句忘れまい。