今世で使命に目覚め、
「自分の道」が見えたとしても、
または使命が見つかっていなくても――
僕らには、いずれ等しく「死」や「天寿」が訪れます。
また、使命によくある誤解のひとつに、
使命の道を見つけたら、
やがて陽の目を見て、人から認められ、
ビジネスでも成功し、幸せに生きられる、
という想いがあります。
もちろん、使命の道を歩いた結果として、
そのような結果になることもあるでしょう。
けれど、それは使命の途中にある
ほんの一部の側面にしかすぎません。
また、今の使命の道が、
今世での真の使命の道だと
そう想い込んでしまうのは、少し違うのです。
真の使命は
永遠に紡いでいくもの。
では、真の使命とは何か?
それは僕らの先祖がそうであったように、
たとえ、名も無き存在であっても、
その死後もなお、この国やこの土地、
この地球を守り導いていくこと。
つまり、天や神仏、
ご先祖さまたちのように、
僕らを目に見えないところで守り、
そして導き続けてくれる
その「在り方」そのものが、
真の使命を生きる在り方であり
僕らが歩まねばいけない「道」なのです。
僕たちは今を生きております。
けれど、どれほど高潔な志や
使命を持っていても、
必ずこの世を去る日がやってきます。
また、そのとき──
自分が生きている間に
今世の使命を果たすことが出来たとしても、
それで終わり…と僕らは考えてもいいのでしょうか?
もし、自分の死後に世界が混沌に包まれ、
愛した人や動物たちが悲惨な運命にさらされていたとしたら、それでも「自分は使命を果たした」と言えるのでしょうか?
僕は、今世で使命に生きております。
ですが、死後にそんな世界が訪れたなら、
きっとこう想うでしょう。
「自分は、使命を果たせなかった…」と。
だからこそ、僕はこう考えております。
僕らの使命は、
自分の人生の中だけで
完結するものではない、と。
愛した子孫、愛した動物たち、
愛した土地、そしてこの国――
そのすべてが、いつまでも愛と平和に
包まれるように。
僕らは死後、魂になっても
愛した存在達を守り、
そして、導いていかねばならぬのです。
使命とは、今この人生だけの話ではありません。
また「今世で見つけられたらそれで良い」という考えで終わってはいけないのです。
僕らの真の使命の道は──
僕らがこの世界を去ったその先にも、
続いているのですから。
もし、あなたが今世で無名であったとしても
今世で大きなことを成し遂げられなくても
己の心と魂を磨き続ける意志。
その意志があるのならば、
この真の使命の道――
名も無き礎となる道が
開かれていくことでしょう。
ですから、どうかこの想いを胸に、
あなたも、そして僕も、
「名もなき礎」として、
「名もなき魂」として、
次に生まれてくる小さな命たちのためにも
何百何千年も世界が続くためにも
平和への祈りのバトンを、想いのバトンを、
手渡していけるように
日々を全力で生きてまいりましょう。
その想いを持って生きることこそが
魂が望む道、「僕らの使命の道」なのですからね。
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