21年間、人生を共にした
愛猫の夢を見ました。
命日が近づくと
不思議と愛猫の夢を見るのですよね。
きっと、愛猫は
向こうで兄弟猫などと
仲良くやっているのでしょう。
僕も愛猫との再会の時まで
己が信じる道をまっすぐに進むだけです。
2022年1月の記事の
リメイクです。
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1月30日は
21年間を共にした愛猫の命日です。
愛猫は僕にとって
親友であり家族であり、
また、我が子のようでもありました。
そんな亡き愛猫に
想いを馳せていたからなのか
命日の前日の1月29日に
愛猫の夢を見ることが出来ました。
その夢の中で
愛猫は相変わらずの鳴き声と
独特な甘え方をしておりましたね。
懐かしい…。
愛猫と過ごした年月のおかげで
僕は自分自身の未熟さを
たくさん知ることが出来て…
愛猫がいたおかげで
僕は僕が信じる道を貫くことが出来ました。
病気で伏せていた時は
愛猫が心配して
傍で鳴いてくれたり
一緒に寝てくれたり…
また、時には
黒いボールの塊が
部屋を飛んでいた時があったのですが、
その黒い塊に向かって
「シャー!!」と威嚇していたり…
本当に愛猫とは
数え切れないくらい
いろ~んなことがありましたね。
あるアニメ…
呪術廻戦というアニメの台詞に
こんな言葉があります。
知ってた?
人ってマジで死ぬんだよ。
だったら…せめて…
自分が知ってる人くらいは
正しく死んでほしいって想うんだ。という言葉。
僕はこの台詞にはとても共感していて
僕もこの人生において、
愛した人達や動植物達の最後。
その最後は本当に正しく…
また、安らかな眠りを…と願っております。
また、普段このブログでは
お役目!天命使命!と謳っておりますが
僕らのそのお役目のひとつ…
少なくとも僕のお役目のひとつは
人も動物も植物も含めて
「愛する者達を最後まで見送る」ということ。
この人生で関わる、
愛する者達の全てを
見送って見送って、
見送り続けたのならば…
僕個人の最後が、
いつか天寿を迎えるその最後が、
孤独の最後でも
非業の最後でも
幸せに満ちた最後でも…
そのどれであっても
僕は構わないと想っております。
こう想えるのは、
関わる人や動物、植物達、
そして、愛猫が天寿を全うした時に
その魂の存在達を
身近に感じる体験をしたからこそ、
自分の最後がどんなものでも
それを受け入れる覚悟が出来た…と
そういうのもあるのですけれどね。
あまり話さない
霊感系のお話ではありますが
最後を迎える恐怖や
見届ける悲しみを受け入れられた、という点では、
この霊感系の力には
とても感謝しております。
人も動物も植物も
いつかは最後の天寿を迎えます。
これからも胸を裂くような…
そんな悲しい別れも訪れることでしょう。
ただ、そんな最後を迎える時に
忘れないでほしいことがあります。
あなたに今、
愛する人や動物、
植物達がいるのならば
最後まで、
彼等彼女等と過ごす、
その時間を大切にしていただきたい…ということ。
呪術廻戦の言葉でも触れていた~
「正しい最後。」
この最後を迎えるための一つに
愛する者達と過ごす時間を
何よりも大切にすること…
今ある愛を、
今ある時間を、
今ある命を大切に出来た時、
見送る側も見送られる側も…
その最後は、
本当に安らかな気持ちで
お互いに別れを告げることが出来ますからね。
きっと、それが僕が感じた、
「正しく死ぬ」に繋がることなのだと想います。
僕はこれからも
這いつくばってでも…
泥水を飲むことになっても
この人生を最後まで生きてまいりますから。
貴方も僕も
お互い信じた道を…
彼等彼女等の想いを背負って
この命を存分に生きてまいりましょう。
下記写真は
21年間を共にした愛猫の写真
2025年2月2日の追記
21年間を共にした愛猫を見送って
今年で7、8年目。
先日、引っ越し先の街で
トントン拍子で保護猫二匹を迎えました。
(北海道札幌から江別市に引っ越し)
また、新たな猫を迎えた日が1月28日で
気が付くと亡き愛猫の命日に近い日でした。
きっと、このタイミング。
新たな猫達とのご縁は
神様や亡き愛猫から
もう新たな猫達と
向き合って良いじゃない?という
メッセージだと想っております。
だから僕は新たに迎えた猫様達の命と
新しい未来に向かっていこう~と想います。
新たな未来に向かって
猫達と共に幸せになってゆこう。
幸せになる理由。
幸せにならなければいけない理由。
これがより明確になりましたね。^^
本日はご報告の追記でした。
ここまでお読みいただき
誠にありがとうございました。
新たに迎えたねっこ様2匹。
ようやく環境に慣れてくれました。
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