テレビをつけたら、
日本社会における女性の働きにくさ
日本人男性に対する失望感
母と同じ60代への嫌悪感
10代でレイシスト(人種差別主義者)と
なった女性が取り上げられていました。
彼女が活動するに至った理由は
性犯罪被害。
被害に遭って強い怒りを感じたものの
それを表に出すことができず、
抑圧して怒りを押さえ込んだ結果、
日々の生活は荒れ放題だったと言います。
そんな中、偶然出会ったのが
レイシストでした。
活動に参加したのは、
人種差別をしたかったわけではなく、
ただ大声で叫ぶのが快感だったから。
荒れていた心がフッと楽になり、
どんどんのめり込んでいってしまった。
非道的な言葉を使うことで
人を人として見られなくなったと
語っていました。
その後、彼女は支援者に会って
大きな愛に包まれ、
20代で活動から足を洗うことができ、
今は真っ当に暮らしているようです。
これを見て、
私にも
当てはまる
とハッとしました。
普段は出ないけれど、
生理前やホルモンバランスが崩れると
強い怒りが湧いてくるのです。
それは、直接的には夫や母に対してだけど
実際に出てくる言葉はもっと大きくて
など。
今は女性活躍を謳っているから、
男性中心の日本社会や
旧来の日本企業の社風、
不遇のロスジェネ世代と比較して
厚遇な高齢者世代は
批判されて当然という空気がある。
それに乗って、これらへの批判が
さも正論だと言わんばかりに、
正義ヅラして現れるのです。
もちろん、これまではびこっていた
尊属優位や男尊女卑の考え方、
世代間で発生する格差などは
是正していかなければならない。
でも、私がイライラしたときに
口にするそれは、思想信条からではなく、
レイシストが主義主張を盾に
公然と差別的発言を行うことと
同じ原理、ただのはけ口なのです。
それが証拠に、じゃあどんな運動を
しているのかというと、
特に何にもしていない。
ただ批判をして、ドーパミンを出して、
その強い刺激で一時的に楽になるだけ。
一時的なので、すぐにまた辛くなる。
刺激は慣れてしまうので、
今度はもっと強く、もっと過激な
ことを欲するようになってしまう。
酷い目に遭ったのに、
平気なフリをして感情を
閉じ込めている人ほど、
抑圧された悲しみが強い怒りに変わります。
やがて、抑えても抑えきれず
それはイビツな形で噴出して
日常生活を脅かすようになるのです。
私が、「男」や
「母親と同世代の人たち」に
強い怒りを覚えるきっかけと
なったものの1つは
小1で遭った痴漢
でしょう。
だからこそ、テレビ番組で
取り上げられていた彼女と
自分がリンクしたのです。
小学校1年生のある日、
下校しようと一人で靴を履いていた
ところに、突然、乱入してきた
見知らぬ成人男性が襲ってきました。
殺される……
とっさに身を硬くして
まぶたをギュッと閉じました。
目を瞑る前に見た、
斜陽が校庭から校舎内を抜けて
下駄箱にまっすぐ刺さっていた光景は
今でもはっきりと覚えてます。
殺されると思い、固まったものの、
男の息遣いが荒く、
なんだか喜んですらいる。
男の表情やまとってる空気から、
「殺されるわけではないようだ」と
徐々に恐怖心が薄らいできました。
その頃は自己否定が強く、
母に愛されていないと感じでいたので、
「私を選んでくれる誰か」や
「私の存在を認めてくれる誰か」
を強く欲していました。
目の前の男の頬が
赤く染まっていくのを見て、
痴漢被害に遭っているというのに
7歳の頭の中では
「私でも誰かを喜ばせることができるんだ
」
「女性性を使えば、私でも選んでもらえるんだ
」
と、
自分の存在が初めて受け入れられた
喜びを感じてしまったのです。
とても長いあいだ、痴漢行為を
受けていたように思えますが、
何しろ小学校の建物内で
起こったことなので
ほんの数十秒の出来事だった
かもしれません。
いきなり、怯えた表情になった男は、
パッと身を翻して走り去っていきました。
もしかしたら、
身じろぎもせず、じっと堪えて、
いや、堪えるどころか
受け入れてさえいるように見える
小学1年生に、痴漢男の方が
慄いたのかもしれません。
このことは、母には言いませんでした。
それどころか、夫が出ていって
カウンセリングを受けるまで
一度として誰かに話したことは
ありませんでした。
後日、今度は同級生の女の子が
被害に遭いかけました。
私の目の前で。
通学路から離れた道を
一緒に帰っていた途中で、
同じ男がパッと近づいてきて、
彼女を襲おうとしたのです。
彼女は、ものすごい悲鳴をあげ
その声で驚いた男は
逃げていきました。
彼女もまた涙ながらに
走っていってしまいました。
一人、その場に残された私は……
なぜ今回は私を選んでくれないのか⁉︎
という男への怒りと、
(男から選ばれた名誉あることなのに)なんで泣いて逃げるのか⁉︎
という同級生に対する怒りが
ないまぜになって込み上げてきました。
……いや、
おかしいのはわかってます(笑)。
ただ、当時はそう感じたのだ
ということです。
男から選ばれなかったショックで
トボトボと帰り道を歩いて
自宅に戻りました。
男から選ばれなかったということは
私はブサイクに違いない。
ブサイクだから、私より可愛い
彼女を選んだんだ。
失恋したようなショックでした。
通学路を離れるよう誘ったのは
私なので、バレたら母に怒られる、
それだけが恐怖で、
家に帰る足はすくんでいました。
帰宅すると、待ち構えていたように
母が玄関先に怒鳴り込んできました。
「〇〇ちゃんのお母さんから
電話があったよ

〇〇ちゃん、怖い目に遭ったんだって
あんたがあの道を行くように
〇〇ちゃんを誘ったって
言われたけど、本当なの
」
とっさに、首を横に振りました。
「〇〇ちゃんが
あの道から帰りたいって言ったんだよ」
ウソでした。
母は、納得しない顔で
「あ、そう」
とだけ言って、台所に引っ込みました。
玄関先で佇んだ私の心には
絶望が広がっていました。
やっぱり母に怒られた。
お母さんは〇〇ちゃんのお母さんとの
関係の方が私より大事だから
〇〇ちゃんが可愛くて、可愛くない
私のせいにしたいんでしょう。
あのね、最初に被害に遭ったのは
私なんだよ。
でも、お母さんに怒られると
思ったから言えなかったんだよ。
どうせ、私のことは
守ってくれないんでしょう。
私が悪いって怒るだけでしょう。
やっぱり私はお母さんに
愛されてないんだ。
同級生の女の子にも
別の怒りが湧いてきました。
彼女はお母さんに素直に
痴漢に遭ったって泣きつけるんだ。
いいなあ。
愛されてるんだなあ。
羨ましい。
そんなふうに、なんでも言える
お母さんが私にも欲しかった。
「被害に遭ったのは〇〇ちゃんだけど、
あなただって怖かったよね、大丈夫?」
と怒るより心配してくれる
お母さんが欲しかった。
容姿も家庭にも恵まれている
〇〇ちゃんが憎いなあ。
〇〇ちゃんなんて、だいっきらい。
すぐ怒るお母さんも、だいっきらい。
私を選んでくれない男も、
だいっきらい。
このことは、その後、誰も触れることが
ありませんでした。
ただ、それまで仲良く遊んでいた
彼女から一言も声がかからなくなり、
私もいたたまれない気持ちになって
小学校に馴染めない面を持ちながら
卒業を迎えました。
それから30年近く、
ずっと心の中に隠し持っていました。
あれが引き金だったなんて
何も知らないまま。
他にも色んなことが起こってます。
ここでは書けないことも。
それらのことが、
カウンセリングを受けている最中に
ふと思い出され、
今なら初めて言えるかもしれないと
カミングアウトしたのが2年前です。
それまで、ずっとこのことは
恥ずかしいことだと思っていました。
うまく、自分の中で処理できた
問題だと考えていました。
でも、どれほど大人びていたとしても
当時まだ7歳。
どんなに怖かったことでしょう。
どんなにショックだったことでしょう。
それを「私は平気よ」という顔をして
今まで生きてきたのです。
その奥に隠した悲しみが、
顔を出したくてウズウズして、
やがて強い怒りに変わっていたなんて
気づきもせずに。
あの頃、母はとても怖い存在でした。
母に置いてかれる夢を見てはうなされ、
お箸の持ち方1つで怒鳴られ、
何かあると締め出さたり尻を叩かれたり
晩御飯が抜きになる生活の中で、
怖い思いをしたからと
泣いて母の胸に飛び込むのは
心臓がいくつあっても
足りないくらい難しいことでした。
テレビで見た女性が
レイシストに奔ったように、
強い怒りは決して幸せを
もたらしはしません。
そのとき受けた感情を
押さえ込んでいても
何も得なんてありません。
何でもかんでも平静を装うことが
良いことではないのです。
怖いことは怖い。
悲しいことは悲しい。
辛いことは辛い。
ちゃんと感じ切らないと、
未処理の感情がずっと
カラダの中で渦巻きます。
私がとれる対応策は、
本当はお母さんから欲しかった愛情を
自分が自分自身にあげること。
あのとき、怖かったよね。
本当は逃げたかったよね。
よく耐えたね。
泣きたいだけ泣いていいよ、と。
今、目の前に何か問題があるのなら、
また、特定の何かや誰かに対して
強い怒りを覚えるのなら、
もしかしたら過去に封印した
感情が原因なのかもしれません。
過去の出来事と今の現状が
思いもよらない形でつながって
解決できるヒントが
ふとしたときに湧く怒りに
隠されているのかもしれないですね。
ちょっとヘビーな内容でしたが、
ここまでお読みいただき、
ありがとうございました