夫の良いところを挙げてみてね、と言われても、なかなか思いつかない。
頼んだことをちゃんとやってくれる→それは長所じゃない
うーん、むむむ。
そうやって悩んでいるときに、仲の良いママ友たちと遊ぶ機会があった。
子供たちの様子を見つつ、合間におしゃべり。
子供たちはタップリ遊んで楽しそう。
でも、疲れてくると些細なことで衝突するように。
うわ~ん、と泣いて飛んできたわが子たちを、まずはそれぞれの母親たちがしっかり抱きしめる。
そこで、一人のママが、何が起こったのか聞いたあと、我が子の長所、良かった対応を褒め、子どもが落ち着いたところでもっと好ましい対応としてごめんねを言うことを推奨していた。
さりげなく、でもちゃんと日常で長所を挙げて、褒めている(゜ロ゜)
これかーっ。
そのママのところは夫婦円満だし、子供も素直だし、ママが育った家庭環境も良い。
翻って私は?
我が子の良いところ、ちゃんと見つけてあげていたかな?
ついつい、「我が強い」「すぐ泣く」「自分を正当化してばかり」と悪い面ばかり見てなかったかな?
こうやって子どもを叱る場面になると、すごく困る。
頭ごなしに叱られてばかりだったから。
子どもが自分の気にくわない行動を取ると、ついイライラしてしまう。
私の母は、とっくに時代は変わっているのに、躾というのは「一方的に親の言い分を言い聞かせるものだ」と思い込んでいる人だ。
親だって間違えることもあるのに、「子どもは言うことを聞くまで何回も繰り返し言い聞かせてしつけるものよ」と聞く耳を持たない。
そんな支配的な考え方を持つ母に反発して、私は絶対に子どもの気持ちのわからない親になんてならない、と誓ってきた。
本当は私が母親にしてもらいたかったこと。
ちゃんと「好きだよ」「愛してるよ」と言って抱きしめてあげること。
抱っこと言われたら思う存分抱っこしてあげること。
親が感情で怒ってしまったとき、自分の言い訳に終始せず、ごめんね、悪かったね、と子どもの心を汲み取って謝ること。
親からされて嫌だったことは絶対にやらない。
そう、私の母は感情的で、どんなときも自分が正しいと思い込んでいて、私がそのレールからはみ出そうとすると、躾と称して自分の心のゆくまで感情をぶつける人なのだ。
でも、ふたを開けてみたらどうだろう?
子どもにはやらなかったかもしれないけれど、夫に対して感情をぶつけてなかったかな?
産後、本当にキツくて、めまいで倒れて、でも誰も助けてくれなくて、夫の思いやりがなくて、母とは合わなくて、どうしていいかわからず「わかってよ!」と声を荒げたことが一度ある。
夫は、私は普通だ、間違ってないと言う。
自分の人間性に問題があると言う。
確かに、夫は妊娠・出産・育児のことを知らず、私はその無知から来る無理解に苦しめられてきた。
理解を促す本がたくさん出版されているし、きっと世の中どこの家庭も旦那さんの「使えなさ」に奥さんが溜め息をついているのだろう。
世の中の時流は、イクメンを増やすことで、母親となった妻の気持ちを理解して協力できる夫を育てることに力が注がれている。
でも、だからって、大変だからパートナーに何を言ってもいいってわけじゃないよね。
どんなに相手が酷くても、ただ「知らない」だけかもしれない。
頑張っても、それ以上「やれない」のかもしれない。
そんなとき、パートナーの長所をちゃんと把握していたら。
「私は今とても大変だけど、あなたの○○なところにとても助けられている。ありがとう。悪いんだけど、ここも○○してもらえるともっと助かるんだけど、できるかな?」
こんな風に、相手を尊重しながら気持ちを伝えることができたんじゃないか。
もちろん、産後のあの酷い状況の中、優しさや配慮なんてできないことはわかってる。
それでも、夫のことを尊重していたら、今となっては結果が違っていたのではないかという気がしてならない。
母は、子どもの褒め方が下手で、私が作った不格好な工芸品を「個性的だ」と喜んでくれたけど、
その言葉にますます自分は手先が不器用だという劣等感を抱くだけだった。
ああ、私も母と同じことをしてる。
してくれたこと、相手の行動を褒めているだけだ。
本人は褒められても全く嬉しくないことを、さもお世辞のように、無理やり褒めるところを探して褒めてる。
「褒めることはいいことだ」ということを真に受けて。
愛し方のわからない親に育てられると、こうなるんだな。
夫の長所を探すのができなかったら、まず子どもで考えてみよう。
いや、その前に自分自身か?
私の長所は何だろう?
頼んだことをちゃんとやってくれる→それは長所じゃない
うーん、むむむ。
そうやって悩んでいるときに、仲の良いママ友たちと遊ぶ機会があった。
子供たちの様子を見つつ、合間におしゃべり。
子供たちはタップリ遊んで楽しそう。
でも、疲れてくると些細なことで衝突するように。
うわ~ん、と泣いて飛んできたわが子たちを、まずはそれぞれの母親たちがしっかり抱きしめる。
そこで、一人のママが、何が起こったのか聞いたあと、我が子の長所、良かった対応を褒め、子どもが落ち着いたところでもっと好ましい対応としてごめんねを言うことを推奨していた。
さりげなく、でもちゃんと日常で長所を挙げて、褒めている(゜ロ゜)
これかーっ。
そのママのところは夫婦円満だし、子供も素直だし、ママが育った家庭環境も良い。
翻って私は?
我が子の良いところ、ちゃんと見つけてあげていたかな?
ついつい、「我が強い」「すぐ泣く」「自分を正当化してばかり」と悪い面ばかり見てなかったかな?
こうやって子どもを叱る場面になると、すごく困る。
頭ごなしに叱られてばかりだったから。
子どもが自分の気にくわない行動を取ると、ついイライラしてしまう。
私の母は、とっくに時代は変わっているのに、躾というのは「一方的に親の言い分を言い聞かせるものだ」と思い込んでいる人だ。
親だって間違えることもあるのに、「子どもは言うことを聞くまで何回も繰り返し言い聞かせてしつけるものよ」と聞く耳を持たない。
そんな支配的な考え方を持つ母に反発して、私は絶対に子どもの気持ちのわからない親になんてならない、と誓ってきた。
本当は私が母親にしてもらいたかったこと。
ちゃんと「好きだよ」「愛してるよ」と言って抱きしめてあげること。
抱っこと言われたら思う存分抱っこしてあげること。
親が感情で怒ってしまったとき、自分の言い訳に終始せず、ごめんね、悪かったね、と子どもの心を汲み取って謝ること。
親からされて嫌だったことは絶対にやらない。
そう、私の母は感情的で、どんなときも自分が正しいと思い込んでいて、私がそのレールからはみ出そうとすると、躾と称して自分の心のゆくまで感情をぶつける人なのだ。
でも、ふたを開けてみたらどうだろう?
子どもにはやらなかったかもしれないけれど、夫に対して感情をぶつけてなかったかな?
産後、本当にキツくて、めまいで倒れて、でも誰も助けてくれなくて、夫の思いやりがなくて、母とは合わなくて、どうしていいかわからず「わかってよ!」と声を荒げたことが一度ある。
夫は、私は普通だ、間違ってないと言う。
自分の人間性に問題があると言う。
確かに、夫は妊娠・出産・育児のことを知らず、私はその無知から来る無理解に苦しめられてきた。
理解を促す本がたくさん出版されているし、きっと世の中どこの家庭も旦那さんの「使えなさ」に奥さんが溜め息をついているのだろう。
世の中の時流は、イクメンを増やすことで、母親となった妻の気持ちを理解して協力できる夫を育てることに力が注がれている。
でも、だからって、大変だからパートナーに何を言ってもいいってわけじゃないよね。
どんなに相手が酷くても、ただ「知らない」だけかもしれない。
頑張っても、それ以上「やれない」のかもしれない。
そんなとき、パートナーの長所をちゃんと把握していたら。
「私は今とても大変だけど、あなたの○○なところにとても助けられている。ありがとう。悪いんだけど、ここも○○してもらえるともっと助かるんだけど、できるかな?」
こんな風に、相手を尊重しながら気持ちを伝えることができたんじゃないか。
もちろん、産後のあの酷い状況の中、優しさや配慮なんてできないことはわかってる。
それでも、夫のことを尊重していたら、今となっては結果が違っていたのではないかという気がしてならない。
母は、子どもの褒め方が下手で、私が作った不格好な工芸品を「個性的だ」と喜んでくれたけど、
その言葉にますます自分は手先が不器用だという劣等感を抱くだけだった。
ああ、私も母と同じことをしてる。
してくれたこと、相手の行動を褒めているだけだ。
本人は褒められても全く嬉しくないことを、さもお世辞のように、無理やり褒めるところを探して褒めてる。
「褒めることはいいことだ」ということを真に受けて。
愛し方のわからない親に育てられると、こうなるんだな。
夫の長所を探すのができなかったら、まず子どもで考えてみよう。
いや、その前に自分自身か?
私の長所は何だろう?