過去記事ですよー!!!
だからなんだってはなしー!!!
昨日は息子の大学見学に一緒に行ってきた
そして、事件は起きた。
見学に行く大学は都内
私は埼玉県民
都内には息子の好きな趣味のお店がたくさんあるので、高校は通信制でお昼までのため、息子は先に都内へ。
午後の大学見学予定時間30分前に、大学最寄駅で待ち合わせの約束をしてた。
あろうことか
息子、まさかの!!!
私との待ち合わせ時間に遅刻してきた!!!
「ごめーん!!!」
そう言って汗だくな顔で、ポケモンセンターのピカチュウ柄のビニール袋を持って私に駆け寄る息子。
「おい!!!!!!」って思ったよね。
遊びに行くのが目的じゃないぞ!と。
大学見学行くんだそ!と。
大学へ向かいながら歩く。
めっちゃ腹が立ってプリプリしながら歩く私。
申し訳なさそうな息子。
なんでこんな暑い中、駅前で私は息子に待たされないといかんかったのじゃ!
帰りたーい!
帰りたーい!
帰りたーーい!!
そう思いながら待ってた時間を返せ!!
※ともみは「待つ」という行為がとても苦手
なおかつ暑い日に、「立ったまま待つ」というのがめちゃめちゃ嫌い
息子よ、何してたん?
ポケモンセンター行ってたのは
袋見たらわかる
だけど、なんなん??
都内の誘惑に負け過ぎだろ!!!
お母さんとの約束をないがしろでいいのか!
大学の見学時間に遅れたくないから
余裕を見て決めた待ち合わせ時間は
守られなかった。
その事実が悲しくて怒ってるのだ。
実は私は、息子と大学見学行くのを
楽しみにしていたのだ。
歩きながら考える。
これは、もう、変えられないことではないのか?
息子は都内の誘惑に負けた。
私は失った時間を取り戻すことはできない。
それが、事実だ。
この大学見学は、息子と最後の大学見学になりそうだ。
(もうオープンキャンパスの予定もないし、8月はその他2校のオープンキャンパスに行って、大変お疲れのともみである)
※これは、外部刺激に弱いためだと思う。
そして、ナリくんのこの記事を読んで思った。
「あ、そうか。私は息子をコントロールしようとしてたんだ。」
そうやって気づいた。
母親との約束を守らない。
それが子どもだ。
遊びたいところがあって
時間に遅れる。
それは「いいこと」ではないけど、
別に遅れたって、犯罪ではない。
ただ、私は人間が小さいので、
時間に遅れるってことをされると
とても嫌だなとは思うのだ。
結局、大学には5分くらい遅れて到着した。
エントランスが分かりづらいため、大学の入り口に迷う人が多いそうで、大学側の人は遅刻したのに
「分かりづらいですよねー」と、笑顔で対応してくれた。
他に2組の見学予約があったが、無断欠席のため、息子と私専属で大学内を案内してもらえた。
それもなぜか予定時間の2倍の2時間を息子に使ってくれた。
大学に行くといつも思うけど
「大学の教授や職員の人の興味関心って、とてもこだわりがあって、おもしろい
」
今回も、めちゃくちゃ知らない世界を見聞きして楽しかった。
(大学見学してる間に、腹たってたのが落ち着いてきた)
大学見学が終わって、私は息子にこう言った。
「時間の余裕がなくなると、焦ってしまうから、【焦ってる自分】というのがとても嫌だから、約束の時間は守って欲しかった。」
息子
「そうだよね、ごめんね!!!」
ともみ
「ポケモンセンターが混んでたから遅れたの?」
息子
「いや、ポケモンセンターの前に、ブックオフで欲しかったマンガを見つけて、買おうかなー買わないかなー、どうしよっかなーー??って迷ってる間に時間をとても使ってしまったんだよ。」
ともみ
「え?それでそのマンガは買ったの?」
息子
「いや、、、悩んでて買ってない。だけど買っておけば良かったわ、、、」
ともみ
「え、そしたら買いに行きなよ?もう私は疲れたから帰るけど」
息子
「おお、いいの?じゃあ行ってくるわ!!」
こうして、人混みの中へ消えていく息子。
(足取はとても軽快![]()
)
駅に向かう私。
そうだ。私は息子のことをコントロールなんてできないんだ。
息子の好きに生きたらいい。
非ダイヤだったころは、息子をコントロールしたかった。
発達障害のある、こだわりのある、興味関心がまるで私とは違う息子を、私の思う定型発達の【息子】にしようとしてた。
それは、【愛】じゃなくてコントロール
【愛】のフリした支配
だったと思う。
息子のことをコントロールするのは、やめたんだ。
だって、大好きだから。
遅刻するのも、逆算して行動できないのも、物をよくなくすのも、わざとやってるわけじゃないんだって、もう、分かってるから。
そもそも、ADHDの気質を持ってるのは私なのだから、息子に遺伝してるのだ。
そこで改めて考える。
「自分のコントロールできること」ってなんだろう?
それは、自分に自尊心をつけること
ダイヤ値を上げること
この2つはコントロールできることだ。
非ダイヤだったころ、1番コントロールしたかったのは、母親だった。
母親を、私の思う【理想の母親】に、コントロールしたかった
でも、母親は分かってくれない。
ホントは、わかってくれるわけないんだけどね。
わかってくれないことを、分かり合えないことを、私が理解しないとなんだけどね。
非ダイヤな母親は、我が子の言葉を聞こうとしない
※我が子とは、私のことね
母親は自分自身を信頼していないから、
我が子のことも信頼できない。
我が子の言う、子どもの頃の不満は
自分の子育ての「批判」「否定」に
変換されて聞こえてしまう。
そして、もう年老いた母親は、
自分の人生を誰からも認めてもらえないから、
自分で肯定するしかなくなり、
我が子の悲痛な「問いかけ」を
無視、エセ謝罪、覚えてない、逆ギレをしてしまう。
非ダイヤのコントロール合戦は、
子ども側が、母親をコントロールできないのだな。
そう、納得できるまでの、発散と理解をしたら終わるんだ。
私の大好きな、家族。
私はこの人たちをコントロールしてはいけない。
今はそう思う。
自由に、幸せに、楽しく
笑って生きていってほしい。
そのためには、私が私をもっとそのままこの世界に出していかないとなんだ。
親がまず見本を見せないとだ。
「世界は楽しいんだよ!」って。
「あなたは素晴らしいんだよ!」って。
だって、私の子どもだよ?
私を見てよ!素晴らしいだろ?って。
そのために、ダイヤ値を上げてるんだ。
母親に支配されていたのは、私のこと。
可哀想で惨めで、弱くて、我慢することしかできない雑魚い母親。
その母親に同情して、かばって、だから同じように我慢をしてた雑魚かった、非ダイヤの頃のわたし。
そんな雑魚いまんまの自分なら、死んだほうがマシ!
非ダイヤなまんまで人生終わるなら、死ぬ気でダイヤ思い出したるわ!!!
そう、思ったのが2019年。
あれから、5年。
自分の人生は変えられる。
自分が変わったら周りも変わる。
それは自分の思い通りに変わるってことじゃないよ。
自分の「思い」にどんどん近づいていく世界は、おもしろい。
ほんと毎日おもしろい!
それは、ナリ心理学®︎をやってきたおかげ。
ナリ心理学ってガチ過ぎるよね。
このへんとか、いいっす。
ブログへの感想、めっちゃ嬉しい!!
コメントしてねー!!
ピカチュウって、可愛い
ミッキーマウスも、可愛い
ネズミに支配されてる…。
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