物心ついた時から、大人の顔色を窺っていた私。

なので、本当は行きたくない保育園も記憶する限り、行きたくないと親に言った事はありませんでした。そして保育園に行けば、常に先生達の顔色窺いショボーン

母に良い子だと思われたかったんでしょうね滝汗滝汗

 

父親はすごく他人に対して攻撃的で横柄な態度をとる人で、特に女性の店員さんやウェイトレスさんには態度が酷かった。。。なので、だいぶ早い段階から父への不信感は抱いていたと思われます~。

私には甘甘だったけど、そのギャップがまた気持ち悪かったのかも。

 

姉とはこの時はまだ遊んだり喧嘩したりのごく普通の姉妹だったように思います口笛

 

私が産まれてから両親の仲は最悪で、家で二人が会話してる場面はほとんどなかったように思います。家庭内別居状態でした。

この頃から、家のおかしな雰囲気に何ともいえない閉塞感を感じ始めますチーン

両親が私と姉経由でしか会話しない時点でおかしさ満載ですよね。

 

この時の私は必死に家族の中でピエロを演じていました。

家族の誰もが傷つかずに良いようにと。皆が笑ってくれるなら、例え家族の中で馬鹿にされる立場に置かれても良いと・・・ゲローゲローゲロー

今ではそんな考えほど傲慢極まりないと分かるんですけどね真顔

 

私は一体、何をどう感じ、どういう人生を歩みたいか、どういう人になってどういう人達と共に人生を歩みたいか、それらを考える事を家族を言い訳に放棄したように思います。

 

 

 

 

私は幼少期ですでに、自分の人生を一度諦めました。

 

 

 

 

心の奥底には家族に対する怒りや悲しみを感じているのに、それらを自覚してしまえば、自分の人生がものすごく辛くなるような気がして、、、、。

 

 

要は自分の考えを持ち、自分の責任で生きていく事に怖気づきました。

それらをしないでいいように家族を言い訳に使い、可哀想な自分に甘んじその視野のせまい考えで楽な選択を選んできました。

 

 

それらの人生の選択が今後の人生を更に苦しめる事となります。

 

 

 

 

幼少期は簡単にまとめるとこんな感じで、次からは少しヘビーな小学校~中学校編にいきたいと思いますビックリマーク

 

つたない文章読んでくださってありがとうございましたドキドキ