周りから見たら、きっと
「幸せ」な部類だったと思う。
仕事もあって、家もあって、仲の良い旦那もいて。
それなのに、私の心には、
いつも「何か」がポッカリと穴が開いていた。
29歳で結婚した。
相手は、職場の元店長で、バツイチ子持ち。
正直に言えば、「これを逃したら次がない」という、
崖っぷちの焦りが私の背中を蹴飛ばした。
二世帯同居の家はあったし、
義両親は優しい人たちだった。
でも、扉一枚開ければ繋がっているその空間は、
常に誰かの気配がして、
ひとりになる時間が絶対に必要な私にとっては、
息苦しくて仕方がなかった 。
共働きで収入も十分にあって 、
月に数回は夫婦で外に飲みに行き、
仕事のことやいろんな話をした 。
友人たちからは「楽しそうでいいね」
「幸せ夫婦だね」なんて言われていた。
不幸じゃない。不幸なはずがない。
でも、満たされない。
この、贅沢で誰にも理解されない感情の正体は、
一体なんなんだろう。
その答えの一つは、
私の「挑戦したい」という気持ちを、
夫がことごとく「勿体無い」という言葉で
封じ込めてきたことにある。
長年勤めたケータイ販売の仕事は
もう十分だった。
何か新しいことにチャレンジしたい。
そう打ち明けるたびに、彼は決まってこう言った。
「長年のキャリア、
福利厚生、手放すのは勿体無いよ」
正論だ。あまりにも、正しい。
でも、その正論が、
私の心をどんどんしぼませていく。
「それでもやりたい!」と、
なぜ、あの時言えなかったのか。
それは、もし新しい挑戦がうまくいかなかった時、
彼に「だから言っただろ」と、
ドヤ顔で言われるのが死ぬほど怖かったからだ。
失敗への恐れ。でも、単なるプライドの問題じゃなかった。
もし、うまくいかずに転んだ時、
「だから言っただろ」と冷たい視線を向けられる未来。
応援してくれる味方もいない、
たった一人の場所で、どんどん肩身が狭くなって、
私という人間の価値まで、なくなってしまうんじゃないか。
そんな、情けなくて悲しい恐怖が、
私の身動きを取れないようにしていた。
自分の人生のハンドルを、
他人の「正論」に明け渡している。
その無力感が、私から充実感を奪っていた。
そして、もう一つの、より根深い原因。
それは、夫への、拭いきれない「不信感」だった。
彼は休日に、会社の女性上司とよく遊びに行っていた。
あまりにも親密なその関係が、
私の心をざわつかせていた。
ある朝、私は、やってはいけないと知りながら、
彼のスマホをこっそり見てしまった。
そこに並んでいたのは、
上司と部下というには、
あまりにも親密すぎるメッセージのやり取りだった。
勝手に見てしまった罪悪感で、
私は何も言えなかった。
でも、その日から、私の心に開いた穴は、
もう何をしても塞がらなくなった。
「不幸じゃない」という仮面の下で、
私の心は、確実に、壊れていった。
決定的な転機は、不妊治療中に訪れた。
結婚して2年、子供ができず、
お互い検査をしても異常はなかった。
私は、治療に専念することを決めた。
その時の私の動機は、今思えば、
あまりにも不純だった。
「子供ができれば、時短勤務ができる」
どうしても、仕事を変えたかった。
けどそれが許されないのなら、
物理的に働けない状況を作りたかった。
それともう一つが
「母に孫の顔を見せてあげたい」という、
一方的な親孝行。
父を亡くした母を、
私が勝手に「かわいそう」だと決めつけ、
その役割を背負っていた。
ある日、その気持ちを母に伝えた。
すると母は、私の目をまっすぐに見て、こう言った。
「お母さんのことはいいから、
自分の幸せだけを考えなさい」
私は、溢れそうな涙を必死で堪えた。
あの時の情景を、鮮明に覚えている。
私が「母のため」だと思い込んでいた
独りよがりの親孝行が、
むしろ母に罪悪感を感じさせてしまうことに、
その時まで気づいていなかった。
そして、母は、私の幸せを
誰よりも思ってくれていた。
私が本当に願っていたのは、
子供を持つことではなく、
「子供を持つ」という世間一般の
「当たり前の幸せ」を手に入れることで、
母を安心させることだったのだ。
私は、自分の人生を生きていなかった。
その日から、私の中で、何かがプツリと切れた。
ストレスを発散するために飲み歩き、
食べては吐くことを繰り返す。
飲みに行くために、
ストレスの溜まる仕事をする。
そんな悪循環に、
どっぷりと浸かっていった。
そして、私は、離婚の理由が欲しくて、
バレるように浮気をした。
遊びではなかったけれど 、
この歪んだ結婚生活を終わらせるための、
引き金が欲しかった。
案の定、夫に気づかれ、
そこから約1ヶ月、
仕事から帰っても寝かせてもらえない、
地獄のような日々が始まった。
心身ともに限界だった私は、
母の誕生日にケーキを持って実家へ帰り、
すべてを打ち明けた。
母は一言、「すぐに帰ってきなさい」
と言ってくれた。
こんなことになっても、
味方でいてくれる家族がいることに、
涙が出た。
結局、私は、周りが「そんなに払う必要ない」
と言うほどの高額な慰謝料を払い、
離婚した。
お金で、この息苦しい関係を
断ち切りたかったのだ。
そこから、私の本当の人生が始まった。
自己投資で様々な講座を受け、
本気で自分と向き合った。
そして、ようやく気づいた。
「自分を幸せにできるのは、
自分だけだ」と。
「不幸じゃないけど、満たされない」
あの感情の正体は、結局
「自分の人生の主役が、自分でなかった」という、
ただそれだけのことだった。
他人の期待、世間の常識、失敗への恐れ。
そんなものに、がんじがらめになって、
自分の心の声を、ずっと無視し続けていた。
周りから与えられた
「幸せ」という窮屈なドレスに、
自分を無理やり押し込めて、
笑顔を作っていただけだった。
もし、同じように感じている人がいるのなら
それは、「人生のハンドルを、そろそろ取り戻せよ」
という、魂からのサインなのかもしれない。
めちゃくちゃ痛いし、
格好悪いし、周りからは
「勿体無い」と言われるかもしれない。
でも、自分で自分の人生の舵を取り始めたら、
あのポッカリと開いていた満たされない穴は、
いつの間にか、どうでもいいくらい、
ちっぽけなものになっているはずだから。
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