自分のプロフィール、
ちゃんと伝えられますか?
私は、言えなかったです。
ていうか、
今でもスラスラ言えるかは怪しい。
経歴書みたいに
「どこで働いて、何をしてきました」
なんて並べるのは簡単。
でも、それって、
ただの事実の切れ端でしかなくて。
そこに私の気持ちとか、
私が何を大事にしてきたかなんて、
これっぽっちも乗っかってないんですよね。
繊維会社で事務して、
カフェでバイトして、
ケーキ屋で働いて、
携帯ショップで店長もやった。
「で?」「だから、何?」って、
もう一人の自分にツッコまれてる感じ。
このバラバラの経験、
どうやって繋げたらいいんだよって、
本気で思ってました。
だから今、
誰かのプロフィール作りとか、
動画のシナリオ作りを作る時、
絶対に「経歴、教えてください」
からは始めないんです。
私がやるのは、
もっと泥臭くて、人間臭いこと。
その人の心の中を、
一緒に探検させてもらう、
みたいな感じです。
例えば、
「今までで、
一番腹が立ったことって何ですか?」
「『こいつ、マジでありえない』
って思った時、言葉、行動、態度、
何に対して一番怒りを感じましたか?」
ビジネスの話なのに、
何でそんなこと聞くの?
って思いますよね。
でも、ここに全部あるんです。
その人の「絶対に譲れないもの」が。
私の人生なんて、
振り返れば
「理不尽」と「怒り」のオンパレード。
セクハラされたのに
会社に裏切られた、
あのどうしようもない気持ち。
親父の理不尽なルールに、
黙って耐えるしかなかった子供の頃。
頑張ったって「当たり前だ」の
一言で片付けられた、あの悔しさ。
思い出すだけでイラっとする、
黒歴史ばっかりです。
でも、その黒い感情のど真ん中に、
今の私を作った「軸」みたいなものがある。
会社が信じられなくなったから、
一人の人間の「想い」を
信じる仕事がしたくなった。
親父に褒めてもらえなかったから、
人が「こんなの当たり前だよ」
って言うことの裏にある、
とんでもない価値を見つけるのが
得意になった。
自分の弱さを曝け出すしか
生きる道がなかったから、
人の弱さとか、カッコ悪いところを
「それ、めっちゃ面白いじゃん」
って言えるようになった。
ムカついた経験って、
それだけじゃただの嫌な思い出で。
でも、
「なんで、あんなに
腹が立ったんだっけ?」
「あの時、本当は
どうして欲しかったんだっけ?」
って、自分の心の中を
しつこく掘っていく。
そうやって、ただの出来事に、
自分の感情と意味がくっついた時、
それは誰かの心を動かす
「物語」に変わるんです。
脳出血で倒れた、ずーみーの話も、
まったく同じ。
彼の魅力は「病気で大変だった」
っていう事実じゃない。
絶望のど真ん中で見た、
ちっちゃな希望。
「普通」じゃなくなったからこそ気づいた、
日常のありがたみ。
そして、「俺と同じような仲間と、
気兼ねなく話せる場所を全国に作りたい」
っていう、綺麗事じゃない、本気の願い。
その、彼の心の内側にある、
言葉になる前の想いを、
一つ一つ拾い集めて物語にした時、
たくさんの人に届き始めたんです。
私の仕事は、
誰かを綺麗に着飾ることじゃない。
その人の、
ぐちゃぐちゃになった経験の中に、
一緒に奥深くまで入っていって、
「うわー、それはムカつくね!」とか
「わかる、ありえないよね!」
とか言いながら、そこに光る
「物語の種」を一緒に見つけること。
だから、出来上がったものを見たお客さんは、
よくこう言います。
「これ、全部、私が言いたかったことだ」って。
もし、自分の経験が、
ただのバラバラの点にしか見えないとしたら。
それはまだ、その点と点を繋ぐ
「自分だけの物語」に出会ってないだけです。
その物語は、
どこか遠くにあるんじゃなくて、
いつも、自分の心の一番深いところに、
見つけてもらうのを待ってるんですよね。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
このアメブロでは、
私の人生で起きた出来事や、
そこから得た気づきを、
一本の「物語」として、で
きるだけ誠実に綴っています。
でも、実は、
この物語には「裏側」があります。
それは、
「バイト暮らしを、本当に抜け出せるのか?」
という、私の、あまりにもリアルで、
格好悪い、現在進行形の挑戦の記録です。
メルマガでは、
この、うまくいかないことも、
情けない葛藤も、お金の不安も、
すべてを隠さずに曝け出す
「人生のリアリティ・ショー」
のような配信をしています。
公の場には、どうしても書けない、
私の、どうしようもない本音。
もし、この、
ハラハラドキドキする物語の、
一番近くにいる目撃者になってくださるなら。
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私の、もう一つの物語を、
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