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やすよ(冨田恭代)です!
 

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どこまでも共感してしまうから、

結局着地がわからなくなる。

 

これ、HSPの私にとって、

すごく「あるある」なんです。

 

 

 

自分にとっては大したことない出来事も、

他人にとってはすごく重要なことだったり、

心がえぐられるほど痛いことだったりする。

 

もちろん、その逆も然り。

 

 

 

だから、起きた「出来事」だけで、

その人の気持ちを判断したくないって、

いつも強く思っています。

 

私はよく、

周りの人から相談に乗ることが多いです。


その人にとっては

人生を揺るがすような大きな悩みでも、

正直、私から見たら

どうってことないなと感じてしまうこともある。

 

でもそこで

「その程度なんだから大丈夫だよ」

なんて、口が裂けても言えません。

 

だって、私自身が「私にとってはこんなに辛いのに!」

って思うことを、他の誰かにとっては

「どうってことないこと」として扱われて、

言葉にならないほどの孤独を感じた経験が

たくさんあるから。

 

だから、私はその人が、

その出来事を「どう捉えているのか」を、

めちゃくちゃ深掘りしたくなるんです。


「どうにかしてあげたい」

というおこがましい気持ちよりも、

その人の心の中で何が起きていて、

どんな風に感じているのか、

その複雑な感情に、

ただただ興味があるのかもしれません。

 

 

でも、ここでまたややこしいのが、
誰かが悩んでいる人に対して

「そのくらいで」って言ってしまう人の気持ちにも、

どこかで共感してしまう自分がいる。

 

「ああ、この人も、そう言ってしまうくらい、

過去に何か辛いことがあって、

心を誤魔化させないとやっていけなかったのかな」とか、

自分の中の辛さの基準が、ものすごく高いところで

固定されてしまっているのかなとか、

想像が膨らんでしまう。

 

だから、本当は

「そんな言い方ないんじゃない?」

って誰かを責めたい気持ちがあっても、

その人の背景を勝手に想像してしまって、

結局責められなくなってしまう。

 

それが自分を苦しめてしまう時もある。

 

何が本当に「正しい」のかわからなくなって、

自分の意見をはっきり言えなくなってしまうことが、

しょっちゅうあります。

 

もう思考の迷路で抜け出せなくて

一人で頭を抱えてしまうんです。

 

 

例えば、「会社を辞めなきゃいけなくなった」

という一つの出来事があったとして。


これに対して、先の見えない不安と絶望を感じて

「もう生きていけない」とまで落ち込む人もいれば、

「やっとあのストレスから解放される!幸せ!」

と感じる人もいると思う。

 

どちらが正しいとか、

間違っているとかじゃなくて。

 

その人の心がそう感じている、

というだけ。

 

 

 

少し、私の昔話をさせてください。


私はアトピーで、

ステロイドを約20年間使い続けていました。

 

ステロイドがないと肌はより酷くなり、

ステロイドを塗っていても、

周りに肌を心配されるほどで。

 

汗はかいた方がいいのに

自分のかいた汗で、

体が痒くなる負のループ。

 

高校生の頃はお化粧しておしゃれを楽しみたかったけど

化粧水もつけられない。

尿素とグリセリンで作った手作りの化粧水でさえも

肌が真っ赤になってかぶれて、

皮膚が捲れて荒れてしまう。

 

そんな状態が、幼い頃からずっとでした。

 

 

 

そして、脱ステロイドを決意した時、

それは、言葉では表現しきれないほどで。

 

当時の私にとっては、窒息してしまいそうなほど

苦しく重い経験でした。

 

自分の元の顔がわからなくなるほど顔は膨れ上がり、

毛穴という毛穴からは体液が溢れ出てくる。

 

皮膚はボロボロにめくれ落ちて、

毎朝ベッドのシーツは体液と剥がれた皮膚で汚れ、

床には自分の皮膚が山のように積もっていました。

 

外なんて出歩ける状態じゃない。

 

「一生このままだったらどうしよう」

という底なしの不安。

 

鏡に映る、まるで別人になってしまった

人間とは言えない自分の姿に、

毎日毎日泣き崩れていました。

 

熟睡なんて夢のまた夢で。

 

痒くて、流れ出てくる体液の不快感で、

なんで私だけこんな目に遭うんだろうって、

やり場のない気持ちでいっぱいでした。

 

 

でも、こんな私の経験よりも、

もっともっと辛くて大変な経験をされている人は、

世の中にたくさんいると思うんです。

 

客観的に見れば、私の体験なんて

「大したことない」のかもしれない。

 

だけど、思うんです。


出来事の大きさや種類に関わらず、

その出来事に対して心がどう動いたのか、

どれだけ傷ついたのか、

どのくらい深く落ち込んだのかは、

本当にその人にしかわからない。

 

もしかしたら、客観的には

「些細なこと」に見える出来事で、

他の誰かが経験した「大変なこと」と同じくらい、

もしかしたらそれ以上に

傷ついているかもしれない。

 

そう思うと、「それくらいで」なんて、

やっぱり言えないんです。

 

 

 

人の気持ちや周りの空気に敏感で、

些細なことで疲れてしまう。


「もっと割り切って、簡単にできればいいのに」

って思うのに、

完璧に考えてしまって、

どこをどう手を抜いていいのかもわからない。


誰かの言葉に傷つきやすいのに、

その言葉を発した人の背景まで想像してしまって、

結局何も言えずに一人で抱え込んでしまう。


そんな自分が、一番めんどくさいって

感じてしまうこともあるかもしれません。

 

私はそうです。

 

でもそれでいいんだって、

私は思うんです。


その複雑さも、繊細さも、

優しさゆえの不器用さも、

全部ひっくるめて「私」だから。

 

 

まさにそんな「めんどくさい私」が、

惰性で生きながらも諦めきれない夢に向かって、

リアルな葛藤と希望、絶望、焦燥、苦悩、

そしてほんの小さな勇気や情熱を、

ありのままに、時に毒舌に、

でもどこまでも繊細に、本音で

メルマガに綴っています。

 

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誰かの痛みを完全に理解することはできなくても、

その「受け止め方」に寄り添うことは

できるかもしれない。


こんな風に自分の内面を曝け出すことが、

もしかしたら「こんな私でもいいんだ」

「それでも楽しく生きていけるんだ」って、

誰かの小さな勇気に繋がったら嬉しいなと

思っています。

 

それが、今の私の目標です。

 

 

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ご好評をいただき

4月🈵になりました。ありがとうございます。

5月2名様です。

 

 

 

 

 

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