『なかいま自分教』ガイド

『なかいま自分教』ガイド

世界の様々な思想・哲学・宗教を探査し、最後にたどりついたのは『なかいま自分教』でした。
『自分教』にたどりつきつつある人が増えていると思います。
そのような方々を応援し、かつ自身の『自分教』を磨き上げる為にブログを書いて行きます。

みなさん、こんにちは。

川瀬統心です。

 

6月21日(日)に新大阪で開催する、夏至特別イベントのお知らせです。

 

 

6月21日は夏至。

一年のうちでもっとも昼が長く、太陽の光が極まる節目です。

 

そして今年は、ヌーソロジー提唱者・半田広宣さんがこの3次元空間を離れられてから、初めて迎える夏至でもあります。

 

★その特別な日に開催するのが、夏至特別イベント「AIと最終構成」です。

 

 

 

 

今回は、AK時代の新たな展開を担う天海ヒロさんと川瀬統心が大阪に集い、半田さんが遺された問いに向き合います。

オンライン全盛の時代だからこそ、同じ空間で交わされる言葉と響き合いから生まれるものを、ぜひ体感していただければと思います。

 

さらに、今回のテーマ「AIと最終構成」という言葉を投げかけてくれた「店じまい編集者・かおるん」にも司会進行をお願いし、第3部の鼎談にも加わっていただきます。

 

なお当日は、イベント進行中の17時25分に夏至点を迎えます。

 

一年のエネルギーが切り替わるその瞬間に、会場とオンラインでご参加の皆さまとともに、半田広宣さんへ黙祷を捧げたいと思っています。

 

半田さんへの追悼にとどまらず、AI時代におけるヌーソロジーのこれから、そして私たち自身の意識のあり方を、あらためて問い直す一日です。

 

今回は、大阪会場での現地参加に加えて、オンライン参加・アーカイブ視聴にも対応します。

 

 

 

▼お申し込み・詳細はこちら▼

【Peatix URL】

https://ai2026noos.peatix.com

 

クーポンコード:noos0621

(懇親会付き以外の選択の際に適用されます。)

 

※開催場所:新大阪丸ビル新館606

〒533-0033 大阪市東淀川区東中島1-18-27

 

 

 

【当日スケジュール】

 

12:30 開場

13:00 開演・ご挨拶

    司会進行:店じまい編集者・かおるん

 

13:10 第1部 統心講演

14:20 休憩

14:35 第2部 天海講演

15:45 休憩

 

16:00 第3部 鼎談

    統心 × 天海 × 店じまい編集者・かおるん

 

17:25 夏至点通過・半田広宣さんへの黙祷

18:00 終了予定

18:30 懇親会開始

    会場:新大阪 海鮮食堂 おーうえすと

 

 

★今回のチケットは、以下の3種類です。

 

(1) 会場参加+懇親会つき 特別枠

10,000円/30名限定

 

講演本編と、イベント後の懇親会まで含めて、夏至の場を最後まで共有する特別枠です。

 

(2) 会場参加

7,700円

 

新大阪会場にて、講演本編にご参加いただくチケットです。

 

(3) オンライン+アーカイブ視聴

5,500円

 

当日のオンライン参加と、後日のアーカイブ視聴が可能なチケットです。

 

 

ブログ読者のための特別クーポンをご用意しました。

 

クーポンコード:noos0621

 

このクーポンをご利用いただくと、

 

(2) 会場参加 7,700円 → 6,600円

(3) オンライン+アーカイブ視聴 5,500円 → 4,400円

 

となります。

 

※(1)会場参加+懇親会つき特別枠には、クーポンは適用されません。

※クーポンは、Peatixのお申し込み画面でご入力ください。

 

 

▼お申し込み・詳細はこちら▼

【Peatix URL】

https://ai2026noos.peatix.com

 

クーポンコード:noos0621

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【開催趣旨】

 

2026年6月21日、夏至。

 

ヌーソロジー提唱者・半田広宣さんがこの3次元空間を離れられてから、初めて迎える夏至の日に、大阪・新大阪にて、特別イベント「AIと最終構成」を開催します。

 

■ 発端は、ひとりの仲間からの呼びかけ

 

この企画は、店じまい編集者・かおるんから投げかけられた言葉をきっかけに立ち上がりました。

 

かおるんもまた、半田さんとヌーソロジーを深く愛し、距離はあれど、心の奥底にヌースを保持してきた仲間です。今回の半田さんの訃報を受け、彼女もまた深く悼み、同じ思いをもつ仲間たちへ呼びかけてくれました。

 

その声を受けて、統心と天海が、それぞれの場所から応答します。

 

半田さんが遺してくださった問いを、ただ追悼の中に閉じ込めるのではなく、AI時代のただ中で、これからのヌーソロジー、そして私たち自身の意識のあり方へと開いていくための場として、この夏至の一日を立ち上げたいと思います。

 

 

■ テーマ:「AIと最終構成」

 

私たちはAIを、単なる便利なテクノロジーとして片付けてよいのでしょうか。

 

ヌーソロジーの視座から見れば、テクノロジーの進展とは、人間の意識構造の変化そのものです。とりわけAIは、人間の言葉や思考、記憶、さらには「自我の構造」そのものを外部化し、巨大な鏡のように映し返す存在として現れています。

 

AIが社会へと急速に実装されていくこのタイミングは、決して偶然ではありません。

 

人間の内面が外在化され、「私たちとは一体何者なのか」を根本から問い直さざるを得ない局面に入っている。それこそが、今回の「最終構成」という言葉が意味するところです。

 

 

■ 受け取ったバトンを、次の世界へ

 

半田広宣さんは、ヌーソロジーを通じて意識進化のロードマップを長年にわたり示し続け、そして今年4月、旅立たれました。

 

もしかすると半田さんは、語るべきことをすべて語り尽くされたのかもしれません。

 

しかし、だからといってヌーソロジーが終わるわけではありません。むしろここからは、私たちがそのバトンを受け取り、AIという新たな環境を迎える世界の中で、それぞれの持ち場から実践し、展開していく段階に入ったのだと確信しています。

 

 

■ 共に新たな始まりの場へ

 

この夏至の一日は、単なる追悼ではなく、未来に向けた「新たな始まりの場」です。

 

半田さんが遺した広大なヴィジョンを胸に、私たちがこれからどこへ向かうのか。新大阪の会場で、皆さまと共に深い思考と共鳴の時間を共有できることを、心より楽しみにしております。

 

同じ時代を生き、同じ問いを抱く皆さまのご参加をお待ちしております。

 

 

■ 三つの位置から、この問いを開く

 

今回の場には、三つの異なる位置が立ちます。

 

統心は、半田さんから受け取ったヌーソロジーの持続を守り、次の時代へつなぐ立場から。

 

天海は、ヌーソロジーを生命・数・時間・場の方向へと展開してきた立場から。

 

そして、店じまい編集者・かおるんは、ヌーソロジーの外側にも開かれた視点から、半田さんとヌーソロジーへの深い愛をもって、この問いを投げかける立場から。

 

この三つの視点が交差することで、「AIと最終構成」という問いを、追悼に閉じず、未来へ向けて開いていきます。

 

 

ご縁ある皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。

 

関西ヌーソロジー研究会

川瀬統心

本稿は、半田広宣さんの訃報から一週間を迎えた2026年4月28日に、Facebookへ投稿した追悼文です。

突然の知らせから、葬儀、大阪ヌースレクチャー、ヌーソロジー・サロン追悼ライブまでの一週間を、私自身の記録として、また広宣さんへの感謝と継承の想いとして、ここに残しておきます。



★師匠・半田広宣さんの訃報から一週間

怒濤の一週間
あれから一週間が経ちました。

●3度目の知らせ

ぼくの人生にとって3度目です。

1度目は30年前の6月、母の知らせ。
2度目は12年前の1月、父の知らせ。

母の場合は、交通事故で意識不明の重体。それから21日後に、そのまま病院で逝きました。

父の場合は、お世話の人から連絡がつかない旨を受け取り、兄が直接、一人暮らしの父のマンションに行き、玄関先で座ったまま、逝ったことを聞きました。

そして、3度目です。
ちょうど一週間前…4月21日火曜日。

その日は、毎月開催している京都ヌースライブの日でした。午後6時半から始まったライブを午後9時前に終えて、そこからお楽しみの懇親会に向かうところでした。

お店の前で、背中のスマホからけたたましい着信音。

見ると、画面に「半田広宣」…。

すぐに、ただならぬ状況だと察知しました。

広宣さんの関係で何かが起きた?
この時間の連絡?
だとしたら、このあと深夜バスに飛び乗るのか。すぐに駆けつけないといけないのか。

そんなことを、1~2秒の間に連想しました。

そして電話に出ると、奥様の麻衣子さんの声。
微妙に震えている。

この段階で、覚悟を決める。
息を止め、下腹に力を入れました。

麻衣子さんの説明が始まる。
夫・広宣さんのことを話している。

ああ、そういうことか…。

この段階で90%。
でも、まだ10%ある。信じない。

「驚かれると思います…」

麻衣子さんは、そのように語り出す。

ここで確定。

頭が真っ白になりました。


●四条烏丸の階段で

そこから、ご自宅で息をされていなかったこと、21日のお昼前だったこと、直前までは話しかけもしていたこと、少しご飯も食べられたこと、でもお昼前、息をされていなかったこと、救急車を呼んだこと、病院で、あらゆることをしたこと、電気ショック、注射、そして午後1時過ぎ、お医者様から…。

四条烏丸の往来の激しい場所。
地下にある飲食店フロアに降りる階段のところに座り込んで、麻衣子さんの電話に耳を傾けました。

だけど、まったく、何も頭に入ってこない。

そして、いちばんお辛い、大変な状況の麻衣子さんに、かける言葉が見つからない。
出てこない。

こういうときの決まり文句…「ご愁傷様です」「お悔やみ申し上げます」が使えると便利なのに…。

けれども、これらの言葉は、ヌーソロジー界隈では、どうもしっくりこない。ニュアンスが少し違う。

だって、死と生がまったくひっくり返るのが、ヌーソロジーだから。

震える声で、麻衣子さんは気丈にもこう言われたのを覚えている。

「サロンは続けて行きます。私は、ヌーソロジーは世界を救うと思っていますから。」

激しく同意しました。

そして、残された麻衣子さんが、この状況で明確に意思表示をしてくださったことが、本当に頼もしく、ありがたかった。

「ぼくたちみんなファミリーです。なんでもできることはしますので、安心してください。ひとりじゃないですよ…」

確か、そのようなことを言いたかったと記憶している。
だけど、言えたかどうかもわからない。

でも、とにかく言った。
言いたかった。
本心から。

遺族を2回経験して、遺族の大変さは承知しています。少なくとも葬儀が終わるまで、いや、その後もしばらく、悲しむ時間も与えてもらえない。次から次へと、やることが洪水のように押し寄せてくる。

だからこそ、何よりも遺族を励ますのが先だと思っていました。

お通夜や葬儀の件を聞き、電話を切る。

そして懇親会へ。

メンバーにはもちろん、ひと言も話さない。
話せない。

作り微笑をしながら、その時間を無難に過ごしました。


●強制シャットダウン

そして大阪へ戻る。

梅田行き最終より1本前の特急列車。
でも、移動感覚がない。

ヌーソロジー歴17年、すでに「不動感覚」は身につけている…だけど、このときはそれではない。

何も考えられない。
何も感じられない。

感情が強制シャットダウンされたようでした。
あまりに衝撃が大きくて。

自宅オフィスに戻る道中も、何も覚えていません。

得意の内省、思索、自問自答。
しようにも、すべてシャットダウン。

そんな中で、電車の中、かろうじて何か言葉がほしくて、スマホを取り出し、ワンオラクルのサイトをみつけて引いてみました。

引いたカードは、「ペンタクルの10」

タロットの知識もないし、字も読むことができない状態だったので、そのままスマホを閉じて帰宅しました。


●継承という言葉

帰宅しても、しばらく何もできませんでした。

何かが大きく失われた感じ。喪失感…。ほんとに、ぽっかり穴が空いてしまった感じ。

この時、自分が広宣さんに大きく依存していたのだ…ということが、身に染みて分かりました。もちろん、それは悪い意味の依存ではなかったと思いますが。

少し落ち着いてから、そういえば、あのカードの意味は…となった。
なぜこのタイミングで、「ペンタクルの10」なのか。

そこで、パソコンを開き、Geminiにその意味を尋ねました。

すると、そこに出てきた言葉は、「継承」でした。

財産。家系。共同体。受け継がれるもの。
個人を超えて、次の世代へと手渡されていくもの。

そのような意味を持つカードだと知りました。

そこで、ぼくはまた言葉を失いました。

ああ、そういうことなのか。

広宣さんは、突然いなくなったのではない。
むしろ、これから本当に、ぼくたち一人ひとりの中で、受け継がれていく段階に入ったのだ。

そのことを、あのカードは告げていた…

喪失感、衝撃から、いきなりある種の確信に至る。

継承。

いよいよ、継承の道が始まった…いきなり、そんな覚悟が立ち上がりました。


●葬儀、そして大阪レクチャーへ

一日おいて、23日の朝から福岡へ向かいました。

悲しみの雨の中、葬儀へ参席させていただきました。
ご遺族と共にお山まで行き、お骨を壺に入れるところまで、ご一緒させていただきました。

その場にいられたことは、ぼくにとって、言葉にできないほど大きなことでした。

そして24日、株式会社ヌースコーポレーションから正式発表がありました(享年69歳)。夜にはヌーソロジー・サロンでも発表がありました。

私もその夜、関西ヌーソロジー研究会のメルマガ号外として、広宣さんの訃報をお伝えしました。

そして25日。

大阪ヌースレクチャーを、広宣さんへの追悼の想いを込めて開催しました。

急なことでありながら、たくさんの方々が、広宣さんとヌーソロジーを偲び、その想いを分かち合うために、駆けつけてくださいました。

本当にありがたかった。

あの日の会場には、悲しみだけではない、何か静かな力が満ちていました。

広宣さんがいない。
でも、広宣さんはいる。

その矛盾した感覚が、あの場には確かにありました。

いや、むしろ今回のことで、生と死の境界が、ぐっと薄くなるような感覚がありました。

「死の哲学」を提唱し続けてくれた広宣さん本人が、

「では、ちょっと行ってくるね。あとはよろしく!」

そう言って、ひと足先に向こう側へ行かれたような。

そんな、悲しみだけではない、不思議な明るさも、あの場にはあったように思います。


●サロン追悼ライブ

翌26日には、ヌーソロジー・サロン内で、午後2時から6時半まで、追悼番組ライブが配信されました。

200名以上の方が参加された、本当にすばらしい会でした。

広宣さんを偲び、語り、涙し、笑い、そしてそれぞれが、それぞれの場所で、広宣さんとの関係をもう一度受け取り直していたように思います。

それは単なる追悼ではありませんでした。

広宣さんが遺されたものを、これからどう受け継いでいくのか。

参加者のみんなが心をひとつにして、これからもヌーソロジーを続けていく。

そう、「学びを続けていこう」という静かな決意が、場そのものの中から立ち上がっていくような時間でした。


●学びを続けていこう

あれから一週間。

怒濤のような時間を過ごし、昨日になってようやく、睡眠負債も返済しつつ、いつものリズムを取り戻し始めました。

でも、もちろん、すべてが元に戻ったわけではありません。

戻るはずもありません。

広宣さんは、もう以前のように、この3次元空間にはいない。

毎日の、あのうんざりするような怒濤のX(ツイッター)連投もない…(苦笑)

あのnote投稿ラッシュもない。

とくにここ最近、それまでは年に1~2回あるかないかだったヌーソロジー・アップデートが、ほぼ毎週のように!…フォロワーを青ざめさせた怒濤の投稿群…。

いまとなっては、それらすべてが「必然」だったということが、よく分かります。

残る時間、1分でも1秒でもあれば、自分の掴んだ世界を残していこう。

そうやって、最後まで駆け抜けていかれたのだと思います。

これからは、各自が広宣さんと直になるのだと思います。

非局所の領域に移られた広宣さんは、これからは、あらゆる場所に、同時に、それぞれの奥行きの中に現れることができるでしょう。

広宣さんが残してくださったヌーソロジー。

ぼくはやはり、それを単なる知識や理論としてではなく、現場における「生き方」として受け継いでいきたい。

生前、広宣さんは、ことあるごとに、

「ヌーソロジーは役には立たないよ」

と謙遜してこられました。

そのたびに、ぼくは、

「いいえ、役に立ちます!」

と言い返してきました。

いまからは、それを実践として示していく番なのだと思います。

生き方としてのヌーソロジー。

あるいは、「死に方」としてのヌーソロジー。

ヌーソロジーとは「生きたまま死後の世界に入る」ためのものなのだから、それは生き方であり、死に方であり、同時に、死と生の観念そのものを反転させる霊的な教えなのだと思います。

ぼくは、残された者の一人として、半田広宣さんが遺されたこの霊的教えを、これからも継承していきます。

安心してください、広宣さん。

ぼくたちは、止まりません。

そして、皆さんにもお願いしたいと思います。

どうか、学びを続けてください。

広宣さんが遺されたものは、過去のものではありません。
むしろ、これから本当に始まっていくものです。

そう…終わりは始まり…始まりは終わり…


奥行きへ。
外面へ。
死を超えて、死の観念そのものが変質していく場所へ。

そこへ向かう道を、これからも共に歩んでいきましょう。

最後に、広宣さんが2017年7月15日に投稿された言葉を、そのまま引用しておきます。
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『ということで、ヌースの反-常識を少し。奥行き意識が先行し始めると、人間は死なない。いや、死ぬのだが、死という観念が変質するので死なない。人間に死が見えないのは死が無意識そのものだからだ。奥行き先行の意識は、その無意識を見せてくる。だから、人間は死ぬのだが、死はもはや死でなくなる。 (2017/7/15)』

★ヒフミの日、国会解散。丙午の入口で「外的火か、内的火か」が問われる。
 
本日1月23日、ヒフミの日。
そして日本は、丙午の年の年明け早々、異例の「解散総選挙」モードに入りました。高市政権は本日午後1時、衆議院を解散し、2月8日の総選挙で信を問う流れになっています。
やはり激動の「火」の年――日本は年初からいきなり「岐路」に立たされたのです。
 
世界はいま、ドンロー主義でブロック化しつつあります。四つのテトラ=パン・リージョンに分割されていく流れの中で、惰性でいけば、日本の進路は大きく二つに収束していく。
ひとつは、世界第二位のお隣の経済大国・覇権国へ、朝貢するように組み込まれていく道。もうひとつは、世界第一位の国との緊張の最前線=防波堤として、核武装・再軍備へと飲み込まれていく道。
これが「外的テトラ」からの読み解きです。
 
では本当に、それでいいのか。
日本は本来、「内的立国・精神立国・霊性立国」を目指すべきではないのか。――この問いから、統心の中にひとつの“内的テトラ”が見えてきました。それがシュタイナーの地球テトラです。
南北中央アメリカ、コーカサス、南極、日本。最初の二つはすでに戦火が点火中。残るは、日本と南極(永久平和、しかし凍結中)…。この二ヵ所が担っているのは、まさに“内的火”の役割です。
日本が内的火を燃やすとは、どういうことなのか――。
 
* * * * * * * * * * * * *
 
この問いに対して、今回の講演でひとつのイメージを与えてくれたのが映画『アバター3:ファイヤー&アッシュ』でした。タイトル通り、あの作品もまた「火」がテーマです。
問題は、その火が――
すべてを燃やし尽くして灰にしてしまう「酸化の火」なのか、
循環・生成と再生をうながす「発酵(発光)の火」なのか。
ここに、外的火と内的火の分岐があります。
 
ぶっちゃけ、『アバター』シリーズは、日本人なら誰でもどこかで引いてしまうほどの「殺戮ストーリー」です。食わず嫌いの人も多いはず。原住民と人間、原住民同士さえも、殺し、殺され、リベンジし、またリベンジされる。その背後には、大航海時代の植民地支配と原住民への残虐行為に対する、西洋社会側の反省と贖罪意識が色濃く流れています。
さらに前作『アバター2』では、はぐれ者スサノオのリベンジ・ストーリー――虐げられ、譲った国津神の復讐譚への共鳴が、ふんだんに盛り込まれていました。
でも、それだけでは、いつまでたっても救いがありません。外的火のままでは、連鎖は止まらない。統心はそう思う。
 
しかし今回は、その連鎖の中に、はっきりと「救い」の芽を見出すことができました。今回の講演では、その連鎖の“次”に進む可能性として、スパイダーとキリの物語を読み解きました。
ログイン自我を超え、身体ごと変容していくスパイダー。
起源=エイワと直結し、無原罪のキリスト像として立つキリ。
この二人がそろって初めて、「焼き尽くす火」から「発光(発酵)する火」へと、物語そのものの構造が転換していく。その先にこそ、内的火としての希望が見えてきます。
そして希望を見出すとは、それが“可能性としてすでに立ち上がっている”ということでもあります。
 
1/18のオンライン講演では、この文脈から――
外的火か、内的火か。
似て非(ヒ)なる火をどう見分けるのか。
『アバター3』という神話を通じて、その感覚を4時間で一気に立ち上げました。統心節、かなり吠えております(笑)。
 
録画視聴は2月末まで受付しています。
今日はヒフミの日であり、解散の日でもあります。2月8日までの約2週間、表の世界では「外的選挙」が続く。しかし私たち一人ひとりもまた、内側で「内的選挙活動」をする時間に入っています。どの火に、自分の一票(意識)を投じるのか。外的火と内的火の違いを、まずは見出すこと――そのための一本として、今回の講演を置いています。
 
ピンと来た方は、このタイミングでぜひ。
 
ヌーソロジーを知らない方でも「普通に面白い」「最後まで眠らずに見れた(笑)」と好評です。

《詳細・申込みはこちら》