2026年4月23日。
実家の愛犬、遊(ゆう)が旅立ちました🌈✨ 柴犬の雄で、17歳4か月と9日で旅立ちました。
本格的な介護の状態になってから約3年ですが、2024年の1月から、私は週1で実家に泊まり、介護と病院通いを手伝っていました。
週5日ペースで仕事のスケジュールを組んでいたのを、週4日くらいのペースにし、自分の家と実家を行ったり来たりしていました。
その生活が始まった頃に「お知らせ」として書いた記事です。
遊は前提疾患という病を患って、歩くことが難しくなり介護が必要になってからは歩行器を使っていました。本人(本犬?)は、それがすっかり気に入って、目が覚めると体の色々なお手入れをしてもらい「起こせー起こせー」とワーワー言って、歩行器に入ると![]()
フンという感じで出勤して席についた親父のようでした。けれど、朝の手入れをせずに歩行器に入れると、「準備が終わってない!終わってない!」とそれも![]()
ワーワー言うという、常にコミュニケーションを取ってくる分かりやすいコでした。
昨年11月頃に初めて心臓が弱くなっていると言われ、「もうそろそろなのか?」と思ったら、春になって心音がまた強くなっていると言われ、当初「弱くなってしまった心臓が戻ることはもうないだろう」と言っていた先生に「なんでですか?」と訊くと、「こうなったら獣医にも分かりません。神の領域です」と言われ、色んなことが謎めいていました。膀胱に悪性の腫瘍があると3年程前に言われてから、そのまま進行もせず、それも何故だったのか未だに分かりません。
これが17歳になった時の写真です。
4月23日の旅立つ前日の晩まで、晩御飯を喜んで食べていました。全介助だったので、フードプロセッサーでドロドロにしたものをシリンジであげるという、それをずっとし続けていた母、朝晩のお手入れなども含めて母が遊にしてくれたこと全て感謝しかありません。褥瘡ができてもそれも治っていくので、その回復力や毛並みの良さも獣医から見てもすごいとしか言えないようで、驚かれていました。
旅立つ二週間くらい前からだったのかな?これまでも「尻尾を振っているのかな?」と思うことはあったけど、認知症の症状が進んだり、おそらくほぼ目も見えなくなっていて、尻尾を振ることもだんだんだんだん減ってきていたのが、突然何のタイミング?!と思う時に振るようになっていて、「とうとう妄想で尻尾を振るようになったのだろうか」とちょっと笑いながら言っていたのが、今から思えば、あれは最後の「ありがとう」や「大好き」や「うれしい!」の表現だったのではないかと思います。
命のあれこれは神秘で、分からないことばかりだったけれど、旅立つときは、いつ呼吸が止まったのか分かりづらいほど、静かで穏やかだったそうで、その日、仕事が終わり実家に行くと、笑って横になっている遊がいました。ほんとうにやさしい顔をしていました。
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ここからは少し、霊的な話をします。
遊の前に飼っていたのも柴犬で、柴犬の雌でした。クルタンという名前でした。クルタンは、リンパ腫という血液のガンで7歳で旅立ちました。その頃、私は自分も胃癌の術後で抗がん剤を服薬していて、自分と同じガンでもう助からないと言われているクルタンをみるのはとても辛く感じていました。
同時に私は、自身の霊的な目覚めのプロセスに急激に入っていったタイミングと重なって、自分は少し不安定な状態のまま、色んなことを深く感じ読みとるという状態になっていっていました。
だから、ペットが飼い主のもとにやってきてくれることの霊的な意味を、それまでとは質のことなるところで”分かる”ことが増えていました。
その頃、父そして私たち家族は、父が生まれ育った実家と絶縁のような状態になっていて、クルタンが旅立った時、クルタンの位牌を作ったのですが、「○○クルタン」の私たちの姓(私の旧姓)の○○の部分だけを残し「クルタン」という文字が掘られたところの金箔だけが作った直後に剥がれ落ちるということがありました。苗字だけが残ってしまうという状態です。それでまた作り直してもらったのに、またすぐにそこだけ剥がれ、「これは普通ではないから、クルタンちゃんに何か言いたいことがあるのかもしれないし、思い残しがあるといけないから、もう一度供養させてもらってよいですか?」とお寺さんから申し出があったということがありました。
その年、さらに私の浄化が進み、神秘体験や霊的体験といったものが重なり、ご先祖様を通して父の実家と復縁することに導かれました。父と母にとっては、それなりのショックなことがあり関係が絶たれていたので、復縁のキッカケを作ることは私には大きなチャレンジでした。ひたすらに自分の浄化を進めながらご先祖様にお願いやらお祈りをし、その中で、私たちはご先祖様や霊的な守護存在たちとほんとうはずっと繋がっているんだ、導こうとされているのだとはっきりと実感しました。
そんな中で、やってきたのが遊でした。2008年末に生まれ、2009年1月にうちにやってきました。クルタンが旅立ってから約2年弱経った頃。
私は「もう一度彼ら(父の実家の人たち)と会う必要がある。その流れが来ている」といつ父と母に話そうか、どうしようか、勇気が要るなぁ・・・と考えていたら、ある日、その機会がやってきました。
家族全員が揃っているタイミングが良いけれど、姉も私もそれぞれもう大人でそれぞれのプライベートで動いていて、皆で一緒に過ごすタイミングがなかなかない中、それを繋いだのが遊
でした。
私は友人と出かけていたのだけれど、そちらの予定も急に変更になり行こうとしていたところに行けなくなり、友人とどうする~?となっていた時、姉から連絡が入りました。
「遊の様子がおかしい![]()
。ずっと震えていて、どうしたらいいのか皆戸惑っている」といった内容でした。
そのため誰も出かけることができず、皆家で待機しているということでした。
その時「今日だ!今日話すべきなんだ」と思い、急いで私も家に帰りました。
ところが家に着くと、遊はもうケロリとしていました![]()
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「今日がその日だ」と思った私は、「これは采配だ」と驚くような驚かないような気持ちで、家族が揃っていたその日に話しました。
それから一か月後には、私たち家族と父の実家が再会を果たし復縁することができました。
勇気は要るけれど、サポートを信じて”周り”に委ねると、これほどモノゴトは奇蹟的にスムーズに運ぶのかと身を持って体験できたレッスンでした。
その”周り”には、目に見える存在も目に見えない存在も全てが含まれていて、「わたしたち人間はそもそもひとりじゃない」ことの意味を深く知りました。
ペットは家族にとって、もっとも身近な霊的サポートの存在のひとつであると、その時そのように理解していたので、そういったことの中でともに動いている同士なのだと実感しました。
この時遊
はまだ一歳にもなっていなかったか、一歳くらいだったかで、子犬でした。
その後、17年。ものすごく実はやんちゃで、言うことをきかず、ドッグトレーナーのところに通ったり散々したけれど、「それでもこれか
」の状態でしたが(笑)、介護が必要になってからは全信頼を寄せてくれ、これまで以上に濃い時間を体験させてくれました。
介護が始まってからは、私に「献身」の学びを与えてくれ、深い癒しを与えてくれ、私が犬としたかったことを全て叶えてくれた存在です。
最後の2回、私が夜一緒に寝た時は、夜中に遊が起きて![]()
ふんふん言うから、抱きかかえて背中をポンポンしていると、そのまま腕の中で寝ました。姉家族も旅立つその前の休日に来ていて、姉は自分でも虫の知らせかと思うくらい、ずっと遊をなでたり、顔をのぞき込んだりして見ていたそうで、自分でも珍しい行動だったそう。
耕ちゃんは、来たらいつも毛をやさしくといてあげていて、そうすると、遊は尻尾をふわ~っと上げて少しフリっとしていて、いつもうれしいの飛行機耳をしていました。病院通いは耕ちゃんの運転で。無理な時は亮君がいつもはるばる来てくれた。病院でも多くの人に見守ってもらい声をかけてもらっていました。そんな時、甘えた声を出していました。
私たちを沢山愛してくれてありがとう。
これからもずっと愛してる![]()
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