週に1度は泊まりで実家の愛犬の遊(ゆう)を看にいっています。自力で歩くことや起き上がることは今はもうできないけれど、歩行器のおかげで寝たきりになることがなく、食欲も旺盛で体重はここ半年くらい維持しています。
タイトルの「傷について、改めて知る」。
自分で改めて実感して感動してから、記事を書こうと思いつつ一か月くらいもう経ってしまいました。
私は生き物(観察)は好きだと思うけれど、ペットを飼いたいと思ったことはなく、今でも思っていません。
そこにはいくつかの理由があるのですが、その一番の理由は、玄関外に勝手にやってきて住み着いたアマガエルの安否で心が揺さぶられ何をどうすべきか悩むくらいなので(笑)、ペットと一緒に暮らすことを選ばないのだと思う。
「私は一度も飼いたいと言ったことがないのに、前飼っていた犬も、遊も、最期を看ることになった」ということにどこに向けたらよいのかわからない苛立ちがありました。前のわんこも、今回と同様、母と二人で最期のお世話に関わりました。ペットを飼いたいと思わない理由のひとつは、最期が辛いというのも大きな理由になっているように自分では思うのに、なんで最期をいつも看ることになるんだと思いつつ、逆にそこにひっかかりがあるからこそそうなるんだろうと思いながら、自分の内側で何か怒りがあることに気づく。
遊の前に飼っていた子は、7歳でリンパ腫になりました。その時ちょうど、私は胃癌で自宅で抗がん剤を服薬しながら療養中でした。そのため常時家に居たから、母と一緒に看ることになりました。その子は最期の方は毎日下血で、その状態だから食べたくても食べれない。喉が渇いても水分制限もあり看るのはとても辛かったです。
まだ7歳で亡くなることが受け容れられなくて、奇跡が起こらないかと思い、”癌を癒す”として有名なお寺にお百度参りに行きました。痛みを軽減できればと思い、不思議なペンダントを買ったりもしました(実際ペンダントは効いたのではないかと思い、今は遊のために使ってますw)
お百度参りをしながら、ハッキリと自覚したのは、「私は生きたいと思っている」ということでした。それは、どこかで「この子(当時の愛犬)は助からないのだろう」ということと、「私はまだ生きることになっている」ということを感じているという土台があったこと、それを受け容れることが難しくても、そう感じている自分を知ってはいました。
けれど同時に、愛犬が病になったのは、家族で抱えていたものと無関係ではないこと、もちろん、同時期に私も愛犬も癌になったことは意味があるのだとも分かっていたので、親戚のおばちゃんが私のお見舞いに来て、「この子が身代わりになってくれたんやわ」と全く悪気なく、むしろ良い話的な感じで言っていったことは、「そう思うのも分かる」と改めてショックを受けるようなことでもなく私の上を滑っていきました。
あの時こう感じていたと細かく描写できるほどに、自分の感じていることはそれなりに見えていた。にもかかわらず、私はやはりしっかり傷ついていて(おそらくはここが最初ではなく、過去生などでの傷がこのように浮上させたのだと思うが)、「私は飼いたいと一度も言ってないのに、なぜ私が看ることになるの」と怒っていたのだと、ハッキリと理解しました。苦しむ姿を見たくない、痛い思いをしてほしくない、それを見たくないと、”怒り”と共に反応していたのはその傷があったからなのだと、自分の底から理解した。(そんなのを見たい人はいないと思うけれど、私は”怒り”と共に反応していました)
その傷を超えたときにそれがクリアに見えました。一か月くらい前のことです。
「人はどうしたって、傷がある間は、その傷が触ってしまう何かには、怒りや不信感で反応してしまう。そういうものだ。」
その理屈は知っていたし、そう思って眺めていることはもちろん沢山ありました。けれど、今までとは異なる深度でそのことが理解できました。
「それでも、いつか癒えるタイミングは来る。だから傷が反応して起きてしまう怒りや不信感というのも、いつか終わる」
ということも、受け取りなおせたのだと思います。
何故、このタイミングが来たのか、それも今回明確に解っていることがあります。
祈ったから。
タイトルの「傷について、改めて知る」。
自分で改めて実感して感動してから、記事を書こうと思いつつ一か月くらいもう経ってしまいました。
私は生き物(観察)は好きだと思うけれど、ペットを飼いたいと思ったことはなく、今でも思っていません。
そこにはいくつかの理由があるのですが、その一番の理由は、玄関外に勝手にやってきて住み着いたアマガエルの安否で心が揺さぶられ何をどうすべきか悩むくらいなので(笑)、ペットと一緒に暮らすことを選ばないのだと思う。
「私は一度も飼いたいと言ったことがないのに、前飼っていた犬も、遊も、最期を看ることになった」ということにどこに向けたらよいのかわからない苛立ちがありました。前のわんこも、今回と同様、母と二人で最期のお世話に関わりました。ペットを飼いたいと思わない理由のひとつは、最期が辛いというのも大きな理由になっているように自分では思うのに、なんで最期をいつも看ることになるんだと思いつつ、逆にそこにひっかかりがあるからこそそうなるんだろうと思いながら、自分の内側で何か怒りがあることに気づく。
遊の前に飼っていた子は、7歳でリンパ腫になりました。その時ちょうど、私は胃癌で自宅で抗がん剤を服薬しながら療養中でした。そのため常時家に居たから、母と一緒に看ることになりました。その子は最期の方は毎日下血で、その状態だから食べたくても食べれない。喉が渇いても水分制限もあり看るのはとても辛かったです。
まだ7歳で亡くなることが受け容れられなくて、奇跡が起こらないかと思い、”癌を癒す”として有名なお寺にお百度参りに行きました。痛みを軽減できればと思い、不思議なペンダントを買ったりもしました(実際ペンダントは効いたのではないかと思い、今は遊のために使ってますw)
お百度参りをしながら、ハッキリと自覚したのは、「私は生きたいと思っている」ということでした。それは、どこかで「この子(当時の愛犬)は助からないのだろう」ということと、「私はまだ生きることになっている」ということを感じているという土台があったこと、それを受け容れることが難しくても、そう感じている自分を知ってはいました。
けれど同時に、愛犬が病になったのは、家族で抱えていたものと無関係ではないこと、もちろん、同時期に私も愛犬も癌になったことは意味があるのだとも分かっていたので、親戚のおばちゃんが私のお見舞いに来て、「この子が身代わりになってくれたんやわ」と全く悪気なく、むしろ良い話的な感じで言っていったことは、「そう思うのも分かる」と改めてショックを受けるようなことでもなく私の上を滑っていきました。
あの時こう感じていたと細かく描写できるほどに、自分の感じていることはそれなりに見えていた。にもかかわらず、私はやはりしっかり傷ついていて(おそらくはここが最初ではなく、過去生などでの傷がこのように浮上させたのだと思うが)、「私は飼いたいと一度も言ってないのに、なぜ私が看ることになるの」と怒っていたのだと、ハッキリと理解しました。苦しむ姿を見たくない、痛い思いをしてほしくない、それを見たくないと、”怒り”と共に反応していたのはその傷があったからなのだと、自分の底から理解した。(そんなのを見たい人はいないと思うけれど、私は”怒り”と共に反応していました)
その傷を超えたときにそれがクリアに見えました。一か月くらい前のことです。
「人はどうしたって、傷がある間は、その傷が触ってしまう何かには、怒りや不信感で反応してしまう。そういうものだ。」
その理屈は知っていたし、そう思って眺めていることはもちろん沢山ありました。けれど、今までとは異なる深度でそのことが理解できました。
「それでも、いつか癒えるタイミングは来る。だから傷が反応して起きてしまう怒りや不信感というのも、いつか終わる」
ということも、受け取りなおせたのだと思います。
何故、このタイミングが来たのか、それも今回明確に解っていることがあります。
祈ったから。
本気で願ったから。
大事な存在が痛い思いをするのを見るのが怖い、そんな思いはしてほしくないと恐怖心と一緒に感じてしまうことよりも、私が本当に願っているのは、「遊が最期までしあわせで穏やかでいてほしい」ということ。
それを願うのは何もおかしなことじゃない。「大切な存在にしあわせで平和な気持ちでいてほしい、どんな時も」と思うことは人の素直な願いだと思って、遊のことを思うならそれだけを思いたい、それだけを思う、何度でもその願いと祈りに戻そう、と思っていたら傷が癒えるタイミングが来ました。
純粋な願いは、いつか自分の中のこじれたものを終わらせる。必ずその時がくる。もし純粋な願いを放つことを自分が選択するのであれば。
以下、遊ちゃんレポです
遊ちゃんの嬉しい嬉しいヒコーキ耳です。(耳をヒコーキの羽のように横や後ろに平らにすること)こーちゃんがそばに来てくれて喜んでます。
大事な存在が痛い思いをするのを見るのが怖い、そんな思いはしてほしくないと恐怖心と一緒に感じてしまうことよりも、私が本当に願っているのは、「遊が最期までしあわせで穏やかでいてほしい」ということ。
それを願うのは何もおかしなことじゃない。「大切な存在にしあわせで平和な気持ちでいてほしい、どんな時も」と思うことは人の素直な願いだと思って、遊のことを思うならそれだけを思いたい、それだけを思う、何度でもその願いと祈りに戻そう、と思っていたら傷が癒えるタイミングが来ました。
純粋な願いは、いつか自分の中のこじれたものを終わらせる。必ずその時がくる。もし純粋な願いを放つことを自分が選択するのであれば。
以下、遊ちゃんレポです
遊ちゃんの嬉しい嬉しいヒコーキ耳です。(耳をヒコーキの羽のように横や後ろに平らにすること)こーちゃんがそばに来てくれて喜んでます。
これは、朝まだ眠たくて私の膝の上で寝ています。
寝息を立てて寝ていました。動画というものが簡単に撮れてこの後も見ることができるから、それは本当に有り難いことだなぁと思うけど、感触だけは残せないから「このふわふわが~この匂いが~いつか~」と触る度噛みしめてしまいます。
遊は2週に1回通院していますが、病院で歩行器に乗せるとキョロキョロしながら、何やらご機嫌にしています。
いつもはこーちゃんが通院を手伝ってくれているのですが、先週の土日は私たちは遠出をしていたので、姉の旦那さんが連れていってくれました。
遊は、ずぅーっと院内を歩行器で歩いて、そこにおられた他のペット飼い主さんたちに、頭をなでられたり、声を沢山かけてもらって、たいそうご機嫌に歩きまわっていたようです。
まだ若い頃ドックトレーナーさんにも長期でついてもらっても、さしてしつけはできず、気に入らなければムキ顔になり、柴犬らしいとも言えるけど、雄のわりに小柄だけど雄っ気は強く、ムキ顔を通り越して噛むこともあるので、ずっと手のかかる犬でした。
けれど、今やツンデレではなくただの甘えん坊将軍でお膝で寝るのも好きで、全信頼を寄せるようになってきています。これも柴犬あるあるっぽいのか16歳17歳で柴犬介護をされた方はよく言われているような気もしますが。
自分の中に傷があり、傷が反応して怒りになっていたことを書きましたが、「遊とのこの時間を持ててよかった」という思いは、このように母と看るようになってから一度もその思いがなくなったことはありません。
OSHOのカードの「献身」の、「人間の愛と喜びと、人間の愛の惨めさを通り抜けることだ。それを通して自分を成熟させるがいい」という言葉だなと思います。
愛するからこそ必ず通ることになる、気持ちの痛み。でもそこを通り抜けて、一緒にいれてよかったっていう思いが終わることのない永遠になる。
けれど、今やツンデレではなくただの甘えん坊将軍でお膝で寝るのも好きで、全信頼を寄せるようになってきています。これも柴犬あるあるっぽいのか16歳17歳で柴犬介護をされた方はよく言われているような気もしますが。
自分の中に傷があり、傷が反応して怒りになっていたことを書きましたが、「遊とのこの時間を持ててよかった」という思いは、このように母と看るようになってから一度もその思いがなくなったことはありません。
OSHOのカードの「献身」の、「人間の愛と喜びと、人間の愛の惨めさを通り抜けることだ。それを通して自分を成熟させるがいい」という言葉だなと思います。
愛するからこそ必ず通ることになる、気持ちの痛み。でもそこを通り抜けて、一緒にいれてよかったっていう思いが終わることのない永遠になる。
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