永遠と刹那の統合⋆メランコリックから瞬時に抜ける | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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一つ前の記事やそれまでの記事でもメランコリック性について触れています。

ここでは、「鬱鬱とした」という状態のことを言っていて、鬱病に関する話や説明ではありません。


でももちろん、”鬱”という言葉で繋がっているように、両者に全く関連性がないというわけではないとは思います。毎日が現実的にあまりに不安定であって、毎日どこで目覚めるのやら、明日の食べ物が確保できるかどうか、、などなど、生活や生存の根底的なところが”未来の心配”ではなく”今ここ”状態で揺るがされている時に(本当に今が命の危機みたいな状態のことです)、鬱病という状態が確認されづらいと言われているのとは、これから書こうと思っていることは関連があると思います。

 

鬱鬱とした状態の時、一か月前や数日前、極端に言うと昨日と何も変わったわけではない今日であるのにも関わらず、昨日はこんな感じでもなかったのに、今日は何かとても鬱鬱とした気持ちである、、みたいなことはないでしょうか。


その時の感覚をよく観察してみると、「こういう毎日がずっと続いていくのかな、、、。」と”色あせた毎日”にその時チャンネルが合っています。

それは面白いことに、一見成功している人(他者から見たら活躍しているように見える人)でも同じで、その活躍しているように見える活動や動きを「これはずっと続くのかな。」「これはずっと続けられるのかな。」というのが”色あせた毎日”チャンネルになっていると思います。

なので、現実の状況が悩ましいから、、ではなく、「現実がどういった状況か」というのに関わらず、何か自分の毎日が”色あせて見える”時に鬱っぽさが発動します。毎日へのうんざり感が自分の意識の前面に出てきた、という感じ。

リアル命の危機の時はそれが前面に出てくる前に、リアル命の危機が前面に出てるので、それどころではないということでもあります。

憂鬱質というのは、そもそも気質の一つでもあります。四大元素と関係があり、多血質、胆汁質、粘着質、憂鬱質と4つの気質に分けられて考えられています。

アリストテレスが、天才に憂鬱質が多いと言っていたり、作家など創作活動に関わる人に確かに多いように見えるのは、物事に対して深く考察したり、時間軸のある物の考え方や観方と物事を分析する傾向が絡んで関わっているのだと思います。

「あれがあって、これがあって、ああして、こうしたからああなった。」という風に時間の流れとその時の感情感覚行動などとを関連付けて観る傾向のある人だからこそ、繊細な視点や興味深い考察をストーリを持たせつつ生み出せるのだろうし、作家には素晴らしい資質でもありますよね。

そこにあまりにもストーリーがなければ、読み手や聞き手からすると、「いや、なんでそうなるのか意味わからんし。」って、よほど直感的な人しか心がつかまれないでしょうし。この”ストーリー”というのが、時間の流れを観る傾向のある人でなければ、他者が分かるようには生み出せません。「前のことどんだけ忘れるんだ。」というタイプの人は、鬱っぽくなりやすいというタイプではないということになります。気質的には憂鬱質ではないという意味です。そういう人が鬱っぽくなるのは、おそらく本当に自分の中を揺らがす事件などがキッカケになっての可能性が高いです。

「色あせた毎日」と観るのも、「味わい深い毎日」と観るのも、同じ毎日に対して可能なんです。自分の毎日に対して、たぶん両方思ったことがあるよねって、どっちかに寄ったら片方が見えなくなるような意識の状態の人でなければ、確実に自分の中で両方があることを自分で感じたことがあるはずです。


これをとても腑に落としてくれたことがありました。


朝目覚めたら、訳もなく憂鬱、、、という状態だったある日、そこを一瞬で抜けさせたことがありました。それは、私にとって、、の話ですが、玄関外で今住んでいるアマガエルのことです。

朝起きてまず、どこにいるかな??と玄関外に行きます。そして、「あ、いてた。」と発見した瞬間、その一瞬で憂鬱の気から抜けました。

昨日もいてたし、その前の日もいてた。6月半ば過ぎからいてるので、おそらくいてると思っているのですが、根底が約束された関係性じゃないからです。囲いのあるところで飼っているわけではないので、いついなくなってもおかしくはない。

だから、「今日も見ることができたこれが奇跡。」というのが根底にあり、現実の毎日を思えば、あまり動きの複雑な生活を玄関外のアマガエルはしていないので、人との関係性以上に、「昨日も今日も似たようなもの」にも関わらず、「いてくれるだけで奇跡」な感覚だからでしょう。

だから、色あせようがなく、ずっと新鮮な感覚が続いているのだろうと思います。この時に対比でよく解ったのです。

「色あせた毎日」に見えることも、「新鮮な毎日」に見えることも、どちらも同じ毎日に対して可能だけれど、”これが当たり前”という感覚になると色あせるのだろうなと。

でも約束された関係性なんて、実はどこにもないのにな、、と思います。だから「すべて奇跡だ。」というのは、それは確かに真理だな、、と思うのですが、意思疎通がとれる関係性では、あらゆるコミュニケーションから幻想を持つんでしょうね。

人は永遠を求める意識があったりするのに、ずっと続くと思うから憂鬱になり、刹那はそれこそ切ないのに、切ないから新鮮で特別だと感じるという。ここの統合は究極だな、、と思いますが、実は人はここにチャレンジをしている今があります。

 

ずっと続くと感じる何かにうんざりする。それは同時に、続くからというか、続けなくてはいけない(やっていかなくてはいけない、みたいな?)というのも働いているからでしょうか。

本当にコントロールしようのないものに対して、鬱っぽくもなりようがないというか、これはメランコリックのからくりだな~と気付いてとても興味深いと思いました。

 
 

 

写真はアマガエルの福ちゃんの今朝の姿。狩場の常夜灯にいたまま、日中を過ごしていました。最近では初めてのことです。涼しくなってきたからか、プランターの植物の方へ移動せずに、ここで寝ていました。玄関の扉数センチ開けるとすぐ横に見えるくらい距離が近いです。ピッタリなスタンプがあったので、つけてみたら、とてもうまくはまりました(笑)

 

 

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