明日は、観察に特化した連続講座のグループ鳳(あげは)さんです。
今バイオグラフィワークをしています。
バイオグラフィワークでその人自身が語るその人の人生の振り返りを聴いていると、
この感覚をどう言葉にしたらよいのか、表現しがたい感動が静かに内側で浸透します。
一人一人の人生は、その人が主人公であるというのは、頭ではもちろん分かっているけれど、その人が主人公の映画か小説をひとり静かに観たり読んだりしているような、そんな感覚に私自身なっていきます。
もしかしたらその人自身では、とりたてて美しいと感じることもない人生の ”ひとこま” ”ひととき” ”あるとき" であったり、自分では辛くて受け入れがたかった体験だったり時間だったり、その時の自分を好きではいれなくて色んな複雑な感情が入っているかもしれないような、”ひととき” や ”あるとき” でも、
そこに浸透している空気感や、そこに散らばっているあらゆるものが、もう二度と決して全く同じようには再現されえない、そして他にはどうやっても見つけることのない”かけがえなさ”があるからだろうか。
前回7月の回の後、文子さんが自身のブログにて感じたことをシェアされていました。
文子さんの記事より抜粋させていただきます。
ありがとうございます。
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光を当てるために、癒そうと
観た訳では
なかったからこそ、今回振り返りで、
ただ、今の自分が観る
という、ことが
当たっていなかった細部を
より細やかな粒子で
焦点が当たった
のだと
実感することができました。
私の人生において、無駄なものは
何ひとつなく、
観る、ただ観るという行為によって
結果的に、光が当たり
自分の奥にあるわずかな部分にまで
灯が灯り、
自分自身で癒していくということを
体験し、学びました。
・・・
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改めて読ませていただいて、
あ、そうか。
癒されなければいけない人生なんて、本当にはないからなのか。
だから、
「何かをなそうと」や「癒すため」ではなく、ただ今振り返って出てくるものを聴かせてもらえて、
その出てきたものがただただ「美しい」のか。
○○だから、、ではない、条件の上にはない「美しさ」というものなのか?
癒されていない何かがあったとしても、
それぞれいろんな色模様があったとしても、
この美しさは、個人的な価値観ではかれるようなものではないからだ。
それは、ただそうなんだ、と思いました。
そして、その土台の上に本当はあるそれぞれの人生や、それぞれの瞬間であるから、
「ただ観る」というのは、最高の受容の行為なのだなと思いました。
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