”存在”について、話してみたいことがあります。
後半部分はわたし自身の体験ではないので、許可をもらって一緒にシェアさせてもらいます。
わたしは以前から自宅の窓から見える畑を眺めているのが好きでした。畑仕事をしている人たちをそこから眺めていました。
特に一番近くの畑のおじいさんが畑にいる姿を眺めているのが好きで、もうここに越してきてから何年も見ています。
先日いつもと同じように見ているとなんだか、今まで以上に自分の中に何かが広がって、facebookでこんなことを書きました。
和室の窓から見える畑とか向こうの山までの沢山の民家の景色。
アパートの二階に住んでるから、ここで見てても誰も気づかない。
誰もそんなに上は見ないんだ。
ここから見てると皆が知らないヒトコマの宝物をこっそり見させてもらった気持ちになる。
畑のおじいさんとはまだここで目が合ったことがない。
何の鳥だか少し大きめの茶色の鳥が飛んできて、そこからじっと畑を耕しているおじいさんを見てる。
その鳥にはおじいさんがいる。
おじいさんは気づいてない。
おじいさんは気づいていないおじいさんのヒトコマ。
決まった野良猫ちゃんが、この畑によくやって来る。おじいさんのいない時間。
あの畑用具入れに顔を突っ込んで匂いを嗅いでる。
おじいさんはもしかしたら あの猫ちゃんを知らなくても、猫ちゃんはおじいさんの匂いをきっと知ってる。
匂いを嗅いでるその瞬間 おじいさんが"いる"ことを知っている。
この下の通りを、いつもの散歩してる人が通っていった。
わたしがその人を実はこっそり見ていたように、その人は知らないその人の時間がある。
自分は知らなくても 気づいてなくても、誰かの中で自分が存在している沢山の瞬間がある。
いつも ここに立って景色を見て ると、なんか素朴なしあわせを感じる。
このとき自分の中で広がって響いていた”素朴なしあわせ”は、これを”至福”と言ってもいいんじゃないのかな、、と思うようなものでした。
もしかしてわたしは”存在”の秘密を見せてもらっているんじゃないのかな、、そんな風に感じていました。
この後、わたしは誕生日を迎えますが、誕生日の日も窓から道行く人を見ていて、その歩いている姿を見ながら圧倒的な”存在の美しさ”に包まれた時間がありました。これは、誕生日のギフトなのかな、、と感じました。
”存在”が秘密を語ってくれている。わたしのハートに流れ込んでくる。そんな風に感じていました。
そして4月1日の木曜の夜に、ワークで最近のことを話してもらっていると、その彼女が体験した ”あること”をシェアしてくれました。
植物が好きな彼女は最近畑仕事をするようになって、自分の家の庭の一角で熱心に週末は畑仕事をしていました。
彼女は自然農法でしたいとそのことを独学し、平日は仕事をしているから土日の時間を上手く使えるように考えて一生懸命取り組んでいました。
そして、そんな彼女を見ていた人がいました。
向かい側に住む近所のおばあさんでした。
でも畑仕事をしている彼女はあまりに集中していたため、おばあさんがずっと自分を見ていたことに気づいてはいませんでした。
わたしと反対側の話を、わたしはシェアしてもらったのです。
わたしはそのおばあさんのように、ずっと自宅からおじいさんの畑仕事を見ていました。おじいさんはとても熱心に作業をしています。時に隣の畑の草を抜いたり、ちょっと倒れているのを手直ししたり、そんな姿も見かけます。おじいさんは誰ともあまり話している姿を見ないけど、実直そうな人だな、、と感じながらわたしはいつも見ていました。畑にいるおじいさんを見るのは、わたしの大好きな時間のひとつです。
その彼女をずっと見ていたおばあさんは、彼女のお母さんにいつも自分が見ていること、そして感じていることを話しました。
「 確か、あっちゃんという名前だったかな?
あっちゃんが可愛い。見ていて楽しい。
話しかけてみたい。
けど、話しかけていいのかな?
あっちゃんは自分の考えをしっかり持って、畑をしてるね。計画的にやっていて偉いね。
あんな子が家にいたら楽しいでしょ。(うちに)帰って来てくれてよかったね。
仕事から帰って、毎日畑や花壇を見に行ってて、すごく植物が好きなんだね。」
と。
彼女(あっちゃん)は、それを聞いてうれしくて、今度おばあさんを見たら声をかけようと思いました。それに、話してもいないのに、どんな風に畑に取り組んでいるかおばあさんは本当によく気づいてくれていることにも驚きました。
自然農法でしたいと考え持って、計画的にしている彼女の姿を、その取り組んでいる姿から、「考えを持ってやっていること」「計画的にやっていること」までおばあさんは感じ取ってくれていました。
土日しか作業ができないから、平日は彼女は畑の植物の様子だけを見にいっていました。その姿もおばあさんはよく理解して見てくれていました。
彼女はおばあさんに自分から声をかけようと、その話を聞いた次の日おばあさんの家の方を見るも、その姿は見えませんでした。その次の日も。
そして、2日後におばあさんが亡くなったことを彼女は知りました。
おばあさんは「いつも見てるのよ。」と話してくれた次の日に倒れられ、その次の日に天に還られたそうです。
「この経験はなんだったのかな?」と彼女は思いました。
そして、同時に彼女はその意味も感じ取っていました。
「わたしが誰のためと思わなくても、自分が本当に好きでやっていることがすでに誰かに何かを分かち合っているんだな。」って。
あっちゃんの存在はおばあさんの最期の日々にかけがえのない彩りとなっていた、、そう感じてわたしも胸がいっぱいになりました。
わたしもそれをおじいさんからもらっていたから、その気持ちがどこか分かる気がします。
彼女がこのことをシェアしてくれたことで、わたしの反対側の体験を見させてもらうことができました。
そしてまた少しだけ、”存在”について、教えてもらったような気がしています。
”存在”は響き合っている。
そのことを知っていても知らなくても、”響き合って、本当は知っているんだよ。”って。
そしてふと感じました。
もしかしたら、繋がるのかな?と。
彼女からこの話をシェアしてもらった次の日、4月2日に初めてわたしはおじいさんと挨拶をしました。
何年もここに住んでいて、しっかり目と目を合わせて挨拶をする距離で出会うことがなかったのに、次の日に畑の横のあぜ道を通る用事がわたしにあり、今までは畑が広いため離れたところにいる姿しか見ることがなかったから、目が合わなかった。それが近くにおられて目が合いました。
わたしが先に挨拶をすると、ほんの少しだけど、笑顔で会釈をされた。
互いの存在を同時に見た初めての瞬間です。
あっちゃんのおばあさんとも わたしはあっちゃんを通して出会った。
そして、もしかしたらわたしの中で何かが動いて、おじいさんと 本当に出会う日が来ました。
おばあさんは亡くなられたけど、わたしはおばあさんに出会ったのだと感じました。
”存在”の秘密を感じさせてもらっているのだと思います。
****
下記は個人的メモです。
2日の晩、ふと、
i^2 = -1 ( i の2乗は-1)を思い出しました。
存在という「1」が、別存在に出会いそこで本当に向き合うと i×iで-1になり、1-1で昇華され0に戻る。
これがクリーニング作業の秘密なのだと思う。
でも無数の存在が出会い続けるこの世界は、0になる前に第三者の視点がそこにある。
第三者の視点で、正四面体が生まれる。
火のエレメント。創造のエネルギー。
自分とほっと一息で触れる時間
そんな空間として、
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