最近スポーツ界のパワハラ問題の露呈が激しいですね。
今は体操の宮川選手がコーチのパワハラ問題で会見をしたのが話題になっています。
今日、お昼ご飯を食べながらチラッとテレビをつけていたらそのことをやっていて、胸が痛くなりました。
と言いつつ、ご飯食べ終わったら、あっさりテレビを消すような自分なので、詳しいことは知りませんし、知っていたとしても、わたしの立場って、所詮はメディアを通して出される情報と、テレビを通して「それぞれの人からなんとなく感じるもの」になってしまいます。
この「それぞれの人からなんとなく感じるもの」って実はとっても大事だと思いますが、暗黙にここがおかしいよなーってみんな感じる部分があったとしても、それは現実をすぐに動かすには、「足りないもの」とされる。
パワハラというよりも、どれも「組織自体の歪み」としてわたしは感じられるのですが、組織と闘うというのは、人の超絶黒い部分、怖い部分、弱い部分、ずるい部分を見ることになると思います。
過去の職場で、組織と大々的に闘う人に結果的になったことが2、3度ある中で、外側の結果は、途中でぽしゃった、負けた、勝った、という全ての結果を体験しています。
それで、今思うことなんですが、日本人はあまりこういったことについての進め方がうまくないように思います。
結果に焦点を当てた動き方ではないという、そういう雰囲気を感じます。
そして こういうテーマの盛り上がり方に、すごく国民性を感じます。日本人は、外側から問題を眺めているのが好きで、けれど直接関わることはあまり好まない性質であると感じます。だからすぐ盛り上がり、全体に知られるけれど、「ほんで、どうなったん??」と話題が自然消滅していく。
そして組織は結局根本はそのままっていう。
それはすごく残念です。
人が集まって時間をかけて作られた問題というのは(組織の問題というのはそういうもの)、根深いんだから、話題が流行すたりで自然消滅していたら、もちろん またその大きな力に問題は揉み消されますよ。周りの人が静かになった頃に。
これは、セラピーにおいての治療展開でも同じことが言えて、河合隼雄さんの言葉でこういうのがあったんですが、「西洋はセラピーの治療展開の中で、問題が強く露呈し、一度すごい状態にはなるが、その後すごく良くなるという明らかな展開があるのに比べて、日本人は、個人の課題を周囲の人たちでなんとなく分け合う傾向があり、問題もハッキリせず、明らかな治癒にも至りにくい。」といった。(わたしの記憶で書いているので、言葉はそのままではありませんし、意訳してるかもしれません)
問題もハッキリせず、というのは、現実に明らかな問題の露呈のあるなしだけでなく、問題に対して本人の認識もしっかりできない、ってことです。
わたしの「組織と闘う」という経験の中で、「勝った」のは、オーストラリアでのことです。
取り組み方が全く違います。こういう問題は、当事者だけでなく、周りの人間、その関りが近ければ近いほど、彼らのあり方って結果に影響を与えるもので、「問題には興味があるけど、関わるのはちょっと、、」という日本人の傾向は、動きをスムーズにさせません。
西洋人はそれに比べ、「問題に関わることが好き」という傾向を感じます。(オーストラリアではその傾向が出てました)
お祭りに参加したい感じで、それぞれが「行動したがる」のですよ。当事者だけでなく。
「行動」だから、形に残るため、証拠として上げやすいものが集まります。
結果重視的発想だからか、「これして、あれして、これ」ということが勝手に周りでも起こって、あれよ、あれよと言う間に、進んでいきました。
逆に、日本では、その目に見えない中心の威圧力で、急にオセロが全部自分とは違う色に裏返っていく、、という、恐怖も体験しました。
「わたしはこっち側に立ちました。こうこうこうで。」というものがあるわけではなく、「あ、弱い立場の方とは関りたくないんだな。」という空気感です。
わたしには以前ああいう風に言っていたのに、急によそよそしいのか、、という。右にならえの性質がとても強い日本人的傾向がとても嫌な感じで現れた(自分にとって)体験でした。
また、そういう人は普段は普通にやさしい人だったりするから、この時のショックがなんとも絶望的というか。
でも、これ日本人あるあるやと思います。 ことなかれ主義や、やさしさと弱さを勘違いしてる傾向だったり。
これ、こういう組織での問題ではあちこちで勃発しているし、その性質がいつまで経っても、大きなものを変えれない原因だったりしてると思う。
本当は組織の問題って、中心の最も黒いものを、白く変えるという闘いではないんだと思うよね。
彼らを説得するとか、分かってもらうとか、、ではない。
そしてそんなのは無理な話で。
何故なら、もうそこまで行ってしまってると、白くなるメリットなんて、彼らにはない(見えない、とても見えにくい)のだから。
問題をいつまでも変えさせないでいるのは、「何それ、人としてどうなん!」ってことに明らかになってしまっている中心よりも、周りが自分の足で立たずに、いつまでもその時の保身で、流されてるからだと思います。
それはやさしさや愛による問題の分かち合いではなく、人の弱さだ。
自分の中で大きな問題にもさせないから、弱さだと気づかずにずっと自分の属してる環境をぼやくことになる。
メディアを見て、「あんなの最低だ!」と黒いと感じる存在に言っている人は無数にいると思うけれど、きっとこれはそれ以上に自分自身の組織との関り方を見直すチャンスだと思います。
それができたら、組織はこれからもっと変わっていくに違いないと思う。
そして、これだけ露呈するようになっているのは、行き過ぎてやってるところは「明日は我が身」ってことなんだろうし、小さくいっぱいいるんじゃなかろうか。 きっと振り返るチャンスだよね。
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