ないことになっているけど。 | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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OSHOタロットリーディング、内観、多次元的視点に関する各種講座、セッション、継続ワークをしています。
アルクトゥルスの光とアルシオンの波と共に✧

昨日の記事の続き。

「諦め切れないことのために

諦めることもあるんだよ 」

 

 

「“諦め”-って 

ある意味では、、、

“決意”に似てるよな 」

 

 

「 根拠もないし

自信があった訳でもない

ただ、、、

握りしめたんだよな  “絶対”を 」



この三つのセリフに感じたこと。 

「自分にとってそんなことある?」って聞かれたら、 「ないなぁ。」って思う人が多い気がするって思った。

これを自分に見つけるのって、思っている以上に難しいんだと思った。 「ある」か「ない」かではなくって、見つけるのが難しい。

昨日、この記事をこーちゃんが読んで、「こーちゃんはある?そういうの、今までに。」と聞いたら、「う~んん、ないと思うなぁ。」って。

案の定。 
そう言うと思ったが、めっちゃあったやろ、、と

わたしはこーちゃんの中にそれがあるのを見つけたことがあるから、「自転車で世界一周はこーちゃんにとって、絶対やったやろ?」って言ったら、「うん、絶対やったわ。」と。

行く選択肢しかなかった。 できるかできないかではなく、行こうと決めた、決めていた、それが“絶対”。

じゃぁ、

「諦め切れないことのために

諦めることもあるんだよ 」


っていうのは、 どこなのか? どこだったのか?っていうと、


「う~ん、仕事を辞めたことかな?」って言った。


!!

あぁ、そっか、、やっぱりそう思うんや~と思いました。

多くの人は、ここの感覚が掴み切れなくって、自分の人生を創造するってことに対してハードルが上がっていたり、自分の中にそんな情熱はないって思ったり、人種の違う人の話みたいに感じるんかって認識しなおせた。

「違うよ、この感覚に近いのは、

世界一周に行くために、仕事を辞めたところではなくって、

仕事を辞めるのを職場の都合とか諸々で、1年延期したやろ? それやで。」

って言うと、

「今年行くのを諦めた。」

「今仕事を辞めるのを諦めた。」

それは、行く勇気がなかったり、仕事を辞めるのが怖くてやめれなかった、、という、そっちじゃない。

辞めるというところにすでに心が決まっていて、辞めれる準備はできていた。だからそこじゃない。


むしろ、“絶対” 行く と決めていたから、回り道を受け入れることができた。

たとえ 仲間に 「え~ まだ行かないの?」って言われても(かどうか知らないけど)、そう思われても、
自分の中の“絶対”が自分を支えた。

そう 話すると、 

「あ~~~~~ そうか。そうやな。」って 深く納得したこーちゃん。


その、あ~~~~~ そうか。 に 腑に落ちた感がわたしにもとても伝わってきました。

 

 

 

「諦め切れないことのために

諦めることもあるんだよ 」



という言葉の中にある “絶対” は、

 

 


そのために、恰好悪く見られる瞬間や、人から理解してもらえないことや、

試行錯誤することや、そんないろいろを同時に引き受ける覚悟をさせる。


それでも、まぁ、べつにいっかって もっと強いものが自分を支えるから。



だから、その人が特別だから叶うんじゃなくって、

結果 やるから叶った、になる。 



実は結婚する前、、というか、つきあう以前に、こーちゃんの自転車旅行記のブログを読んでいて、行く前の準備段階の記事もあり、そこにこの葛藤が書かれていた。

「あぁ、この人、ここで1年延期してるんや~」っていうのにも、“絶対”の強さを感じた。 


と、同時に思い出す、
旅の途中に書かれた日記。



「今日も雨。

テレビではドラゴンボールがやっていた。

明日は走れるといいな。」


当時自分のブログを熱心に宣伝していたわりには、読み手のことを一切考えてない、こんは記事にも変な新鮮さを感じたけれど、(頭の中のこと、全部書いてんのかと思った。それがもしかしたらこれくらいシンプルなんかと 笑)

退職延期を悩み決めたときの記事には、「あ、こういうところもあるんやー」と、思った。

そう、
そういう“絶対”は冷静さがある。 恐れからではなく、やりたいことのために積み重ねる底力がある。

その間は、結構気持ち的に孤独だったりもするから、いつも日の目をみて、華やかで気分も高揚してるわけじゃない。

むしろ、普通に落ち着いてる。 逆に底辺感じてるかも。

でも この “絶対” ってそういうもの。



これは、ほんとは 普通の人が普通に結構やってることだと思う。

自分にとっての“当たり前”をやっているときは、地味にそれをやっている。


それが自分の“夢” や “希望” と リンクしていなかったら、「わたしにはそういうものがない」って思うけど、何か特別なことができている、できていない、というわけじゃない。

むしろ、普通のことをやれているくらいの感覚だと思う。


夢や、希望とリンクしていた人ですら、そんなんないなーって思っていることもあるんだから。

この “絶対” にともなって、何かを手放しているという、その状態を理解するのは、結構難しいことなのだと思いました。 

それは、やっぱり 自分の中に“ある” というスタンスでしか見つけられないと思う。

何故なら、 “ある” から。 





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