生きてると、様々な人間付き合いがありますが、
当然言わなきゃいけない事を言わずにいると、
その事が頭の隅にこびり付きギクシャクする。
謂わば臭い物に蓋状態な訳で、蓋をしても匂いは漏れて来る。
それを解除して、円滑に付き合って行く為には言い難い事も言う。
私は状況を見て、此方の意図を言い難くても伝える事にしている。
それは相手を攻める訳じゃなく、問題をスムーズにし、
互いに気持良く付き合って行く為です。
常識外れな発言は決してしないし、
上から物を言う気持も全くない。
ただ、互いの立場が違ったら、その違った中での円滑性を重要視する。
少しでもストレスにならないように、無駄な食い違いは避ける。
話してみると、改めて相手の気持が分かったりする。
まー、分かっても賛同出来ない事には、ハッキリNOを突きつける。
伊達に歳を食って来た訳じゃなく、様々な経験の中からNOを出す。
それを聞くか、聞かないかは相手次第。
聞かずに失敗したとしても、それも相手の自己責任。
まー、失敗されたら…その煽りは食らうかも知れないが(笑)
それも仕方ない。
人の決断や生き様は様々。
私は勝負する生き方はしない。
地味にコツコツと歩む。
私の父親は、何でも勝負師!!
クリーニング業を立ち上げて、市内ではNo.1の店になった。
いち早く機械を導入し、取り次ぎ店も増やし、発想が斬新。
取り次ぎ店形式をやったのは、多分私の父親が最初。
余所のお店の人が見学に来たりしていた。
組合長も務めたりして、まー意気揚々。
しかし、成功したら飽きてしまったんだね(笑)
兄貴に放り出して、自分は手を引いた。
しかし、兄貴がなりたかったのはクリーニング屋じゃない。
彼はどちらかと言うとメカニズム的な仕事が好きでした。
頭が理工系なんですね。
商人向きではない。
やりたくない仕事なんか出来る訳もない。
5年で潰した。
父親は本来のお金儲け主義が再燃してたから、
潰れた店の後始末等しない。
全て兄に押し付け、自分は焼き鳥やを開店。
店舗付き住宅だったから、家には帰って来なくなった。
不動産にも手を出してお金を儲ける。
しかし、失敗したら大借金。
そうなって、にっちもさっちも行かなくなったら、スタコラサッサと逃げる。
まー、逃げ足の速い事🤣
裸一貫な父親には怖いものはないのだ!
しかし、
逃げられない私は親の借金を背負う。
家が何件買えるんだよ!位の金額を何度も払って来た。
てか、建てた家を手放す羽目にもなった。
金融機関をブラックには出来ないから、民事再生法を使い支払った。
全て完済出来たのは私が60歳。
その間、コツコツと貯金。
借金払いするように貯めた。
父親は、山っ気満々で、お金が入る理想論を聞いていると、
本当にそうなる錯覚に陥る。
父親の話法は、天性のものじゃないかと思う。
それプラス馬鹿じゃないから、悪知恵的に何でも浮かぶから困ったもん。(笑)
詐欺寸前でも、詐欺罪にはならない逃げ道を用意する。
真面目だった兄は、この父親にすっかり食われた。
結果、家財差し押さえになったりして、苦労ばかり。
だから、40代で早死しちゃったんだと思うわ。
最後に私は縁を切る状態になったが、
心底嫌いな父親ではない。
面白くて、可愛いとこも沢山あった。
おとんも私と同じ事を言う。
だからと甘くしてたら、今の我が家は崩壊していたと思う。
子供に借金をさせるなんて朝飯前のようにする。
拒否出来ない道筋を作るから、逆らえない。
親父の葬儀も部屋の後片付けも全て私がやった。
思えば、母親のも兄貴のも、全て私が片付けた。
あっ!母親の葬儀は当時お金があった親父がやったな(笑)
私の実家は一家離散(笑)
けど、私が築いた家族があるから淋しくはない。
自分の生い立ちは、子供達を守る知恵と力になった。
どんな辛くともお金の事は子供にはご法度。
しかし、当時4歳そこそこの娘の記憶には残ってる。(泣)
あっ!今は目の上のたんこぶが1人健在!
父親の妹の養母。
父親より質が悪いんじゃないかと…
これが、1番のストレス。
逝去した後には、養子縁組解消。
それが、今の希望。